一人きり、二人きり、三人きりの戦隊

 紫山は歩き出す。

 姿勢がいい。

 とてもいい。

 かっこいい。

 木々の合間に、人が通れる通りの獣道がある。

 彼はそこに向かっていた。


『おい、どこに行くんだ?』


「消える寸前、ゴブリンはこっちに手を伸ばし、こっちに助けを求めようとしていたように見えた」


『ん?』


「こっちに仲間が居るんだろう。おそらくは、大勢」


『……! じゃあなおさら行くんじゃねえよバカ!』


「怪人が居るなら位置確認。できれば倒す。でなければ一般人が被害に合うかもしれない……っていうやり方でずっとやってきたもんでさ」


『おバカ!』


「しかしだな……」


『そうだった! テレビの中のこいつはこんなんだったな! 思い出してきた!』


 紫山の歩みに迷いはない。

 彼はずっとそう生きてきた。

 悪は倒す。

 善は守る。

 この世界では"魔物"にあたる、自分の世界では"怪人"と呼ばれる全てを彼は見逃さず、世界に生きる全ての力なき人達を守るために生きてきた。


 両親に愛されて普通の子供として生きることすらしてこなかった彼は、その生涯のほとんど全てを、鍛錬と救済にのみ費やしてきた。

 そういう男だからこそ、彼はどこまでも強い。


『女神も止めろ! 無駄に潰していい駒じゃねえだろ ハッキリ言うがな! お前、そんな無謀出来るほど強くねえよ、今は!』


「そうかもしれない」


『そうなんだよ! 武装揃えられる手段が見つかるまで無謀は控えろ!』


「武装は揃えるよ。そこは適当にやるつもりはない」


『今のお前は最弱のモンスターには普通に勝てる、程度だろ! 敵が多かったら即終わりだ!』


「人が襲われてたりしなかったらすぐ逃げるさ」


『人が襲われてたら勝ち目がなくても戦うってことじゃねえかああああああっ!!!!!』


 会話を続けつつ、紫山は足を止めない。

 木々の合間に生い茂る草に、踏み潰された痕跡が増えてきている。

 葉の表面で月光を微かに反射しているのは獣の脂だろうか。


 断片的な情報だが、もはや疑いようもないだろう。

 この先には、相当な数の魔物が跋扈している。


「平和は守られねばならない。そのためには、俺のような人間が万民の盾になる必要があるんだ」


『……この世界に、テメエが生きてた世界みたいな平和なんざねえよ!』


 紫山の反論が止まった。

 中村の言葉は正しい。

 紫山水明が生きていた世界ならば、紫山の考えが正しいのだ。

 人は殺されてはならないし、平和を乱す者は倒されなければならない。


 しかしこの世界は違う。

 女性は陵辱されて当然で、人は殺されるのが当たり前。

 平和など当然のようにない。

 平和の守護者として皆に愛されてきたヒーローが守るべき"それまであった平和"がそもそもない―――そんな世界。

 中村の言葉は、正しいのだ。


『平和な世界じゃねえし、敵は強いんだ。ちっとは賢く生きてくれや』


「君は賢かったな、そういえば」


『は?』


「さっきの戦いは助かった。君の賢明さと助言に助けられた。君のおかげで勝てた」


『な、何言ってんだお前。あんなん地球で原作プレイしてたやつなら全員……』


「その知識があれば、次の戦いも俺が勝てない戦いを、勝てるようにできるかもしれない。頼んだ」


『は?』


「俺も君も、救いを求められて、応えて、世界を救いに来たんだろう?」


『え、あ、ああ。それは……そうだが……』


「全てを救えないことは知ってる。でもさ、できることは全部しておきたいじゃないか。まだ手も足も動くんだから」


『……それは』


「俺は守れないこともある。守れなかったこともあった。でも、この先はまだ分からない。まだ始まってないかもしれないし、終わってないかもしれない」


 それでもきっと。


 紫山水明は、妥協して生きていくことはしないだろう。


「召喚されて、俺は全てを救わなければならないことを知った。あの女神のために」


『……』


「人を救い、この世界を救って、あの女神の心を救う。俺達は過去に助けると決意した男なんだから。そうだろう?」


 ―――私はずっと、彼に感謝と謝罪をし続けるだろう。ありがとうと、ごめんなさいを、繰り返していく。


「俺は救うために来たんだ。アルナちゃんと、君の力を貸してくれ」


『……っ』


「仲間と共に戦うのが、俺が今日まで続けてきたやり方だ。俺はあいにく他のやり方を知らない」


 紫山水明はたった一人で世界を救ったヒーローではない。

 彼の物語において、主人公は五人、ヒーローは五人居た。

 後に追加される者も居たが、基本的に彼らは五人で戦い、世界を救っていった。

 紫山水明は自分一人で何か大きなことができるとは思っていないし、自分が手を抜いていれば全てが台無しになっていたであろうことを覚えていた。

 彼はいつだって、仲間を信じ、勝ってきた。


 今、紫山が信じる仲間は、腕輪として装備している中村であり……今こうして、彼らの世界と物語を言葉と文にしている、女神でもある。

 かつて紫山水明と共に世界を救った四人は、この世界にはいない。

 三人だけのチーム。

 三人だけの戦隊。

 人と腕輪と女神の三人で、彼は世界を救おうとしている。


 女神はもうとっくに、彼らと命運を共にすることを決めている。

 そして中村もまた、"子供の頃から好きだったヒーロー"の言葉に心を動かされ、とっくに心の中で覚悟を決めていた。


『どうなっても知らねえぞ! ヒーロー! 女神! 世界が滅んでもオレは知らねえからな!』


「どうなるか? 平和になるに決まってるさ。そうじゃないと困る」


『きえええ! こいつ、本気で言ってやがる!』


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