第72話 貴族の父親


和やかな茶会がレトスノム家の屋敷で行われて、同じ頃に王家の家庭でも大きな変化が起こった一方で、他の貴族の家でも変化があった。家庭内にしろ個人的にしろ。





イーノック侯爵の屋敷では、ミロアの幼馴染オルフェ・イーノックが当主の書斎で父親と話し合っていた。



「……幼馴染のミロア嬢に手紙を出し続けているという報告を聞いたときは何事かと思ったが、間者の真似事をしていたとは。これが第三者に知れたらどうなるか分かったものではないのだぞ?」


「覚悟のうえです……」



父親はオルペウス・イーノック侯爵。白髪交じりの銀髪で灰眼の壮年の男性であり、侯爵になってからはその立場に見合う努力を重ねてきた。だからこそ、息子のオルフェが公爵令嬢と懇意にし始めたことを知ってすぐに真意を確かめたかった。



「子供の頃のお前のミロア嬢を見る目が、単なる幼馴染や友人に目を向けるものではないと分かっていた。……おそらくはミロア嬢とガンマ殿下の婚約が破棄されると知って逸る気持ちを抑えきれずに行動したのではないのか?」



オルペウスは信頼する部下からの報告でオルフェがミロア・レトスノムに手紙を出していることを知った。そんな息子の行動の結末次第で、イーノック侯爵家の将来が変動するとオルペウスは確信した。上手くいけばレトスノム公爵家との関係が強くなって出世に有利、逆に敵を増やして立場が悪くなることもありうるのだ。



(我が息子ながら行動が早すぎるものだ……)



親として息子のことが気がかりにならないはずがない。だから書斎に呼び出して息子の気持ちを確かめる必要があったのだ。そして今、オルペウスはオルフェの言葉を冷静に受け止めていた。



「――本気なんだなオルフェ」


「はい。俺は本気です。……俺は、ミロアを将来の伴侶にしたいんです!」



オルフェは、己の熱い思いと覚悟を父親に伝えた。子供の頃から密かに抱いていた思いを。



「やはりそうなるか……」



その思いを受け止めた父オルペウスは、息子のためにある決意を固めるのであった。





とある男爵家の屋敷にて、屋敷の主であるドーリグ・ウォーム男爵は非常に困り果てていた。最近、可愛がっていた娘が屋敷に戻るたびに、自分の部屋に引きこもってしまったのだ。



「もう嫌、学園になんか行きたくない……」


「ミーヤ、お父様とお話しよう。きっとなんとかしてみせるから……」



部屋に引きこもる娘に対して、男爵は本気でこんな事になった元凶を訴えようかと思い始めた。たとえそれが、公爵だろうと王族だろうと……と思って思いとどまる。やはりまずは娘の話を聞いてからだ。



「ミーヤ、もっと私を頼ってくれ。私は大人だから、もしかするとミーヤの力になれるかも知れないよ。だから話だけでも聞かせてくれないか?」


「お父様……」



娘は部屋から出てきた。そして、父親の言う通り何があったのかをすべて話した。

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