ショートストーリー

夏休み明け なんとも言えんな

 昼休みの屋上。相変わらずコーヒーを啜る俺は中庭で乳繰り合っている親友達を眺めていた。


「あっちーなー北極の氷が溶けるぜ」


 未だ夏真っ只中だというのに、身を寄せあっている友士としほりん。

 俺の皮肉も届きはしない。


「なんかムカつく。こっちも対抗しよう」


 そう言って聖川は俺に抱き付いた。


「離れろ暑苦しいっ!くらっ!離せや!」


 しがみつく聖川をひっぺがす。


「つれないねぇ」


「時期を考えろ」


 夏休みに恋人同士になった俺と聖川だが、正直どういった形がよいのか距離感が分からず変わらない関係性を続けていた。なお、これはしばらく続く。


「おーおー、相変わらずお熱い2人だなぁ」


 そこへ元担任の井澤 茂信歴史教諭がやってきた。


「タバコいいか?」


「どうぞ。というか、そのために来たんでしょ屋上」


「まあな。喫煙者に人権はねぇからな」


 ザワ先生はタバコに火を着けると聖川を眺めた。


「聖川も随分元気になったみたいだな。1年の終わり頃なんか凄惨だったもんなぁ」


 ザワ先生はあまり生徒から好かれてはいない。年中タバコとコーヒーの臭いが臭く感じられているからだ。しかし、それでも良く生徒を見ている数少ない教師なので俺はそれなりに好感を持っている。


「まあ、色々ふっきれたので」


 どうやら聖川も同じようだ。


「東雲も垢抜けたっていうか、中学の頃に比べたら丸くなったしな。目付きは悪いまんまだけど」


「ん?東雲の中学時代知ってるんですか?」


「まあ、少しだが」


「ザワ先生、俺と地元が一緒なんだよ。俺は高校入学の時色々あって引っ越したけど」


「地元が同じでも知ってるっていうのは珍しくない?」


 聖川。お前そういうとこは鋭いな。


「いいのか?」


「まあ、ちょい黒歴史ですけど」


「地元はあんまり治安良くなくてな。そこら中に不良がいて、ケンカなんて日常茶飯事なわけだ。東雲はこんな目付きだからか、よく不良に絡まれてケンカになってたんだ」


 ザワ先生はまるで見ていたかのように話続ける。


「最終的に“風雲”なんて不良チームのリーダーになって地元じゃ誰でも知ってる立派な不良だったよ」


「補足。俺は不良になったつもりも風雲なんてのも作ったつもりはない。絡んできた連中を叩きのめしてたら周りの奴等が勝手に持ち上げたり目の敵にしてたりしてただけだ」


「へぇ!」


 聖川は意外にも興味津々といった様子だった。


「そのわりには“風雲の趙子龍”なんて呼ばれてたじゃねぇか」


「ちょうしりゅう?」


「それこそ連中が勝手に持ち上げて呼んでただけっすよ」


「ちょうしりゅうってなに?」


「趙子龍。三國志で有名な趙雲 子龍の事だ」


 無知な聖川に俺が説明を入れる。


「演義なんかじゃ単騎駆で有名な趙雲を多対一でばかりケンカしてた東雲に重ねて“風雲の趙子龍”って呼んでたらしい」


 ご丁寧に由来まで説明してくれるザワ先生。そんなことまで知られていたのか。

 本当に止めてほしかった。今じゃガイアが目覚めるにも匹敵するような黒歴史である。


「と、そろそろ昼休みも終わりか。お前らも早めに教室戻れよ~。俺の授業だからって遅刻はナシだからな~」


 そしてザワ先生は戻って行った。


「⋅····趙子龍⋅⋅⋅⋅⋅」


「ヤメロ恥ずかしい」


「聞いてたのが私だけで良かったね?」


「なんとも言えんな」


 胸の中、皆密かに、書き換えたい

 それこそ正に、BLACKHISTORY


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