第7話 俺が言ったのか

 夏休み初日。俺は宿題を片付けていた。個人的に、宿題はさっさと終わらせて自由な夏休みを満喫したいタイプなので、無理にでも初日に片付けようというわけなのだが。


「暑い·····」


 何故だろう。もう、聖川が家に居るのがデフォルトになっている。


「エアコン壊れてんだよ。扇風機で我慢してくれ」


 なるべく、戸を開き風通しを良くして扇風機で空気を循環させる。エアコンほど涼しくはならないが十分活動できる位にはなる。


「東雲は真面目だなぁ·····ちゃんと宿題やってる」


「お前もやってるだろうが」


 聖川は両親に友達の家で勉強会をやるなどと嘘をつき、家に宿題を持ってやってきた。


「宿題なんて自分家でやれば良いじゃんよ」


「あんまり家に居たくない」


 最近、聖川の考えていることが分からなくなってきた。元々行動が突発的ではあったが、目的や目標がしっかりしていたので予想はつきやすかった。しかし、今では目的が何なのかが分からない。


「結局、吹っ切れてないわけ?」


「吹っ切ったって思い込むようにしてる」


 未だ瀬戸の事を想っている聖川が他のことに目を向けようとしているのには気付いていたが、家に入り浸っているのでは今までと変わらない。


「暑いぃ·····」


 大きめの半袖シャツにショートパンツと、大胆な格好の聖川だが行動がオヤジのそれである。

 あぐらをかき、ペンを持っては置きを繰り返し、麦茶を飲みながら机に突っ伏す。宿題が進んでいないのは明白。仰向けに倒れたかと思えば呻き声を上げながら扇風機に手を向けヒラヒラする。

 

「はぁ。少し水浴びするか?」


 先刻から暑い暑いを喚いている聖川の気を紛らすために水浴びの提案をする。水浴びといっても、ホースを使って庭に軽く水を撒くだけだが。


「やるやる。水浴びするぅー」


 俺は庭の水道にホースを繋ぎ蛇口を捻る。


「·····水·····温くない·····?」


「水道管の中で温まってたんだろ。もうすぐ冷たくなんだろ」


 しばらくホースから吐き出される水飛沫に手を当てていると徐々に冷たくなっていくのが分かる。


「冷たくなった·····きもちー·····」


「手を退けろ。水撒けねぇだろ」


 あまり水を撒くと蒸発して湿度が上がる。そうなると余計に暑さを感じやすくなるため、あまり水撒きはしたくないが仕方無い。

 多少なり気分的に涼しくなればそれで良い。


「あ·····」


 脳死で水を撒いていたからか。うっかり聖川にホースを向けてしまった。

 バシャシャッ!と音を立てびしょ濡れになった聖川が誕生してしまった。


「いぇーい。やっちゃったねぇ、東雲君」


 と、最初はやっちまったのかと思ったのだが。


「お前、自分から掛かりに行っただろ」


「いやー、あんまり暑いからつい」


「ほぼ手ぶらで来てるんだから着替え無いだろ」


「なんかテキトーに貸して」


 果たして、もうすぐ17になる生娘がそんなんで良いのだろうか。

 1回濡れたらあとどれだけ濡れても変わんねぇだろ理論で頭からホースで水を被る聖川。

 俺ももう知らんと放っておくことにした。


「それでいいか?」


 寝巻きのデカい半袖シャツを渡す。


「良いよ」


 昼前に美少女に水をぶっかけ、濡れた服やら下着やらが日当たりの良い軒下に並べてあるこの現状。その少女は自分のシャツを1枚着ているだけ。


「なんか、うっかり手ぇ出しちゃいそう·····」


「出しちゃえば?私の傷は男の傷。男の傷は男で埋めろってね」


「なんだそりゃ。とんでも理論だな」


「東雲理論」


「俺が言ったのか」


 そういえば言ったな。


 その日の晩。昼間の聖川が頭から離れず、眠れなくなりそのまま夜が明けた。超絶寝不足の頭で考え口に出た言葉は情けないものだった。


「同級生オカズにしなかった俺マージメー·····」


 矜持を守り抜いたと引き換えに体調を崩すただのバカだった。

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