第6話 こっちがもう落ちてるかも

 7月半ば。夏休み直前の日の事。


「夏と言えば水着じゃない?」


 私は今日も今日とて、東雲の家に来ていた。


「水場に行けば···な」


 相も変わらず、東雲は無愛想な返しをする。


 少し前に東雲に言った“もっかい好きになってよ”という言葉が、自分の言葉であることを不思議に思い始めていた今日この頃。

 私はまだ瀬戸が好きだ。好きで好きで堪らない。なのに何故、東雲を誘惑するような事を言ってしまったのか。自分の黒い部分が見えて仕方無い。

 とどのつまり独占欲のようなものだ。自分を見てくれていた東雲に自分を見て欲しい。自分を見てくれない瀬戸より自分を見てくれる東雲に、今尚見ていて欲しい。自分だけを見て欲しい。そんな黒い感情がよく見えて腹ただしくて腹ただしくて。


「え、なに、買いにいくの?」


 自分の一言一句にちゃんと返してくれる東雲を縛りつけたいのだ。


「今から?」


「ん」


「ヤだよ」


「ですよねー」


 こんな軽口を叩き合える相手は東雲だけ。だから私は東雲を自分に縛り付けて置きたい。それが依存だとわかっていても。

 だから東雲が自分をもう一度好きになってくれるなら、その時は自分も東雲を好きになれるかもしれない。


「はい、詰め」


 ちなみに東雲と将棋に興じていたのだが。


「敗けた」


 敗けてしまった。


「飛車角金銀落ちで敗けるって、ホントボードゲーム弱いなお前」


 東雲は目付きが悪い。けれど表情を柔らかくして笑いかける彼に気を許してしまっている。


「これ···こっちがもう落ちてるかも」


「いや、落ちてんだよ飛車角金銀」


 既に落ちていた。


「チェスなら勝てるよ····」


「まだやんのかよ。もう帰れよ」


 ため息を吐きながらも彼はチェス盤を用意するのだった。


 因みにチェスは余裕で敗けた。

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