第4話 お前が好き“だった”

 連休明け。クラスは少々騒ぎになっていた。いや、まあ、そうだろうなとは思ったが。

 聖川 周は美少女だ。長い黒髪がトレードマークだった。それが連休明けになって消失してるんだからな。周囲も彼女の放つ負のオーラにたじろいて、しばらく誰も近づかなかったが、腐っても美少女。例え腐り散らかして醜態晒していても美少女。眼を惹く存在に変わりはない。別クラスに同レベルの美少女である江藤 詩穂がいるが、同クラスの瀬戸 友士と恋仲であることは周知の事実。よって、聖川に向く眼は多かった。


「東雲、お前、聖川さんと仲良いだろ?何があったか知ってるか?」


 クラスの男共はそう俺に聞いてきたが、そんなもん俺に関係ねぇんだが。奴が髪を切った理由に俺は関係ねぇよ。切ったのは俺だが。


「さあね。気でもふれたんじゃねぇの?」


 と、適当言って流していた。


 昼休み。梅雨入りの長雨に屋上へは出れず、仕方無く屋上手前の階段の踊り場でコーヒーを啜っていた。聖川は瀬戸や江藤と話していたのでここに来ることは無いだろう。と、そう思っていたのだが。


「や。おひさ」


 聖川に話しかけられるのは久しぶりだ。髪を燃やしたした日···お焚き上げした日以来である。


「おう。おひさ」


 聖川は仲の良い相手には比較的砕けた話し方をする。自分がそういった相手に思われているというのは悪くない。


「瀬戸達と話してたんだろ?いいのか?」


「ん。ちゃんと話したよ。詩穂には心配されたけど」


 江藤は良い奴だからな。誰にでも優しく気さくだ。男の夢みたいな女だ。まあ、俺はそこが少し不気味に思えたが、本当にただ人が良いだけだから仕方無い。そういう奴も居るってだけの話だ。


「吹っ切れたみたいだな。ちゃんと」


「まあね」


 ここまで苦労した。本当に。


「で?何しに来たわけ?もうお前にボッチ集会は要らねぇんじゃない?」


「·····自分が友達少ないことに気づいてしまった·····」


 聖川は吹っ切れてもボッチだった。


「いや、なんかごめん」


「いいよ···いいから···ダイジョブ···」


 大丈夫じゃねぇやコイツ。


「それはともかく。どうしたよ?」


「お礼言いに来た」


「いいって。この間聞いたから」


 そう。お礼なんて必要ない。これは俺が勝手にやったことだ。最終的な事は。

 この際だ。俺の考えをゲロってしまおう。それで聖川との関係が狂うことはない。今となっては。


「俺は、お前が瀬戸に振られた時···チャンスが来たと思ったよ」


「·····つまり?」


「俺は聖川が好き“だった”。一目惚れだったんだがな」


「·····ん。それで····んん?·····ん!?」


 おっと。事の重大さに気づくのが遅いな?


「え?好きって?えぇ?じゃ、私、自分の事好きな人に告白の手伝いさせた挙げ句···あんな醜態晒して依存しかけてたわけ?」


「んー·····そうなるな」


「·····ごめん。ホントごめん」


「いや、いいって。“だった”って話だから。とにかく聞けって」


「ん」


「今年に入った辺りで、お前が俺に依存しかけてることに気付いてな。結局俺は振られて傷心してるお前の拠りどころってだけで·····そう思ったら、なんか好きって気持ちの代わりに掬い上げたいってなってな」


 日に日に負のオーラを撒き散らすようになっていく聖川が凄惨すぎてそういった気持ちが次第に消えていったのがわかった。俺の対応も“女子を思いやる”から“友達をあしらう”に変わっていった。


「だから、礼なんて必要ない。俺が勝手にやっただけで、勝手に傷ついて、勝手に恋愛感情失くしただけなんだよ。言ってみればこれまでの俺の行動はただの自己満足だな」


 さあ言うことも言ったし、後は聖川の返し次第だな。


「じゃ、別にお礼いらないね」


 あれ?


「いや、ここは“それでも助かったよー”とか言うとこだろ!?」


「なんで?」


「なんで!?」


 いや礼いらねぇって言ったけど。いや、やっぱり聖川 周はちゃんと吹っ切れていた。今までの弱々しさはなく、以前のイカれたふてぶてしさが戻っていた。


「くははっ!いや、そんなお前が好き“だった”よ」


「ん?笑うとこ?」


 自分の事以外鈍感でクールな敗けヒロイン。


「まあいいや···じゃあさ···」


 聖川は俺の考えなど一蹴し、久方ぶりに見せるその笑顔で俺に言った。


「もっかい好きになってよ」




 

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