第11話:銃撃カーチェイス

 戦いの狼煙は幾つもの銃弾の雨から始まった。

 挨拶代わりの数発の対戦車用の兵器がミサイルのように道路に浴びせられ、車体を爆風が煽る中で爆発が消えれば銃弾が降ってきたのだ。


「新しいイベントだな。雨のち銃弾の次は何が降るのかね?」

「くだらない冗談だ。だが、どうやらそのデータが重要な物であることは間違いないようだな」


 防弾加工が施された窓が割れることはなく、天井に撃ち込まれ続ける文字通りの弾雨をいつまでも防げるものではない。

 しかし明らかに頭上に浮かぶ車たちから撃ち込まれているのが解っていながらも男は平然と座ってグラスの中に注がれた酒を口にしていた。


「さて危機的状況な訳だが、キミはどうする?」

「……窓を開けろ。撃ち落としてやる。それとも天才的なドライビングテクニックを見せてやろうか? 十秒後にはこの車は立派な棺桶に早変わりかもしれないがな」

「それは困る。しかしその拳銃で出来るのかね?」

「車が空を飛ぶには機器は複雑かつ精密に。しかし軽量化の所為で存外脆いという弱点がある」

「装甲を厚くすれば速度は出ないからな。それにあの金切り音は最新型ではないらしい」

「……音を聞けば車種が解るのか、変態め」


 何度目かの弾雨が止んだ瞬間に、開いた窓から上半身を出して拳銃を撃つ。

 走りながらの射撃に襲撃犯という小さな的に狙いをつけるなど最初から考えていない。

 車という大きな的であっても動くことと空気抵抗によって弾丸は流れてしまう。あくまで牽制のようなものだが襲撃犯も撃ち返されれば攻撃が止めざるをえなかった。

 牽制射撃を行いながら周囲の状況を瞬時に観察し、襲撃犯の車が二つあることや道路状態などを見ていき使えそうなものは無いかと探す。

 五番区はビルが立ち並ぶオフィス街のようであり、空を飛ぶ車は襲撃犯だけのものではない。

 しかし銃撃戦を所為で周囲を飛んでいた車は蜘蛛の子を散らすかのように逃げていく。

 弾倉の中が空になれば身体を車内に引っ込め、弾薬を補充し直しながら依頼人に話を向ける。


「この車の運転は自動か?」

「ふむ? 確かに見ての通り自動運転だ。目的地に着くまで敵を壊滅させてくれると嬉しいのだがね」

「真っ直ぐに進み続ける訳ではないな?」

「サーバーの端まで行くつもりかね? それよりも先に次の十字路を曲がるが」

「そうか。ならUターンさせる必要はないな」


 銃弾の雨が降り注ぐ外は流れていく景色を変えていく。地面に刻まれる弾痕。次々に避けていく車たち。道路を走る他の車が巻き込まれて爆発し炎上する様子に、依頼主の車はそれ相応の金額を出して強化させているらしい。

 依頼主がグラスを酒を注ぎながら怪訝な顔で眉を顰め、こちらを注視するのを見ながら左手に手榴弾を用意する。


「そんな物が中るのかね?」

「時と場所と場合を弁えていれば」

「TPOか。さすがは日本人ジャポーネ。リアルな戦場を知らないか」

「言葉をそのまま返すわ。ゲームの戦場は違うものよ」


 男が鼻で嗤いながらグラスに口を付けると同じ時に弾丸の雨は止む。

 その時、車は大通りの十字路を右へと曲がり始めた瞬間に上半身を出して窓枠に脚で身体を支える。

 車の速度は自動運転と車両の重さを加味しても五十キロを超えて曲がっていき、その際に受ける風と重力に耐えながら左手に持った手榴弾を投げる。

 そこに襲撃者たちの車があっても、手榴弾が爆発するまでにかかる時間を考えれば奴らに被害はない。そんなことは百も承知だった。

 襲撃犯たちが安堵した顔と小馬鹿にした顔を浮かべる前に、右手で構えていた拳銃から銃火と共に一発の弾丸が放たれる。

 雷管しりを叩かれ薬莢に込められた発射薬を爆ぜさせて弾丸は風と雨を引き裂きながら主の狙った獲物を撃ち抜こうと愚直に進む。

 されどその速度は矢よりも速く、自身は小さく、その脅威はライフリングによって旋回運動を強制されたことにより凶悪性を増して対象を撃ち抜いた。

 手榴弾と弾丸の短い挨拶が交わされ、そして爆風が何もかもを巻き込んで消し飛ばした。

 爆発が雨を、風を、空を飛ぶ車を吹き飛ばしてしまう。

 爆発に巻き込まれた襲撃犯たちの二つ車は引火し、射貫かれた鳥のように落下し、盛大に爆発して炎上する。

 さらに他の空を飛ぶ車や地上を走っていた車が爆発に巻き込まれ、制御を失って墜落と衝突を伝播させていった。

 幾つもの悲鳴が爆発によってかき消され、車から這い出してきた者や歩道を歩いていた者が巻き込まれた車に轢かれる姿が目に入るが運が悪かったとしか思わなかった。

 顔中に飛び散った雨が鬱陶しく感じつつ、他に追いかけてくる敵がいないことを確認してから車内に戻れば―――


「お見事。甚大な被害だな」


 ―――拍手とともに依頼主は最低な評価を言い渡してきた。

 瞬く間に広がった地獄絵図を差し引いても依頼主の願いを聞き届けた結果に過ぎない。

 痛みによって苦しみ、そしてデータの粒子となって消えたとしても死ぬ訳ではない。

 死ぬほどの苦しみがあっただけで被害は車や建物だけであり、それも金さえ払えばデータに過ぎないので直すことは簡単だろう。


「こちらの被害は?」

「私の愛車に傷がついた」

「スクラップにされたほうが良かった?」

「まさか。それよりも新たな敵がやってくる前に姿を隠そうじゃないか」


 自動運転で進む車は依頼主の要望を聞き届けて加速し、幾つもの信号を駆け抜けていき、とあるビルの地下駐車場へと入っていった。


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