第10話:個人銀行家
五番区。そこは幾つものビルが高さを決められ均等に配置されている。
何の指定もせずに最初に来た者が出現するポータルの前には、大きな牛と熊の剥製が待ち構えておりPLの心を品定めする。
この五番区を根城にする者たちは皆、狡猾な蛇なのだから。
そんな街でも雨は降り続け、整備された道は宙に浮くタクシーや多様な自家用車が道路を走る。
五番区において車を使わないのは余所者か、金のない食い物にされた連中だけだった。
「おい。お前ぇよぉ? こんな場所を一人で観光か? 危ないねぇ」
「そうだぜぇ。俺たちが道案内してやるよ」
「行先はまずホテル。バー。ホテルの順番でいいか? 何だったら小奇麗な路地裏も紹介しようじゃねぇか。俺らは時間がたっぷりあるからよ。リアルの時間で三日くらいはな?」
「俺は一週間!」
「俺は一月は大丈夫だぜ!?」
「働けよバァーカッ! 「「ハハハハッ!」」」
何がおかしいのか三人の男たちは逃げられないように取り囲み、下劣な包囲網を作り上げた。
ローブで身体を覆っていても、女と見れば盛り出す輩はどこの区にも存在していた。
男たちの身体は成功者とは言い難い最低限の装備に身を固め、相手のHPから察するにレベルも知能と同レベルなのは言うまでもない。
武器を使うことなく拳のみでも制圧できる程度の相手であり、その力量差を測れない時点で彼らの末路は決まったようなものだった。
「おい。キミたち」
しかし、男たちに声をかける男が現れる。
道路に止められた黒塗りの自家用車は空を飛ぶ物が多い中で、タイヤを地面に設置させるタイプの車種だった。
だがその大きさは一人で乗るには大きく設計され、窓ガラスからチラリと見える内側は座り心地に拘った高級シートや、揺れない自信によって裏打ちされたテーブルには芳醇な香りを放つワインが注がれたグラスが無造作に置かれている。
その車は速さを求めたスポーツタイプの高級車とは違い、ゆっくりと目的地に着くまでの時間を所有者へ優雅に過ごさせる快適なホテルの一室のような作りだった。
車内から話しかけてきた男は室内に負けないほど光沢を持つ高級なスーツを着こなした整えた顎髭を生やしている。
無駄な贅肉はなく、一見したところ機械化させている場所は見当たらなかった。
「なんだ、おっさん。俺らはよぉ。取り込み中なのが見て解んねぇのか?」
「ボケてんじゃねぇぞジジィ!」
「ヤクでもキメすぎてんのか成金野郎がっ!」
「そちらのお嬢さんは私の客でね。私が先客で、キミたちは横入りしてきた害虫なのだよ。今すぐ失せ給え」
車のドアが上へとズレて開くと、男の膝の上には多銃身機銃が構えられており、男は警告もなく撃ち始める。
引き金を引くだけで銃身は回転を始めて弾丸を連続で発射し続け、幾つもの銃火と同じだけの弾丸が絡んできて男たちを穴だらけにしていく。
寄って集って車に接近していた男たちに逃げ場はなく、幾つもの風穴を開けながらHPは削れて倒れ……そして三人とも動かぬ死体となった。
「ふむ。無事かね?」
「見ての通りよ。歩道が無事じゃないわ」
扉が開いて銃器が見えた瞬間にはその場から飛び退き、車の脇へと避難していたことで難を逃れることができたが危うく巻き込まれる所でもあった。
「それは申し訳ない。この車で良ければ送っていこう」
「貴方が依頼主?」
「ああ。それについても話をしよう。乗りたまえ」
男は銃器を取り外し、死体の上へと放り投げてしまう。
未だ熱を持つ銃身が男の死体を焼く音がするが、そんなことを気にする者はいない。
銃器が消えたことで充分なスペースが生まれたことに安堵の息を吐きつつ乗り込むと扉は自動で閉まっていった。
「さて、自己紹介は必要かな?」
自動で走り出した車は街灯や時折やってくる対向車のライトによって照らされるも中は暗い。
後部座席に大人が向かい合わせに座ってもゆとりがある車内ではあるが、親睦を深めるために用意した場所ではない。
移動する隔離スペースは他の人間に話を聞かれたくない者が良くやる手であり、メールなどの形を残したくない者にとっては重宝するものだ。
「こっちの素性は調べているのでしょう?」
「君の場合調べる必要もないほどに名が売れていると思うがね。PL名はスズカ。通り名は白死。幾つかの組織を壊滅させている
「依頼をこなしているだけよ」
「しかし依頼内容や金額に拘っている様子はない。我々としては充分な報酬を用意できるかどうか」
「芝居がかった冗談をしている時間はあるの? 貴方たちの金言集には『時は金なり』は載っていないのかしら?」
「Time is money! ふふふ……それは我々の至言だ。胸と脳に刻むほどにね」
男が広げていた空中モニターには調べ上げていた私についての情報の数々があり、それはこのゲーム内だけでなく他のバーチャルや現実のこともあったに違いない。
それが出来るほどの情報網と財力がなければこのゲームでの銀行関係者にはなれない。
「D.C銀行の人間なら情報管理はしっかりしてるんでしょう?」
「勿論だとも。とはいえ銀行も一枚岩ではない。利益や損得で話が丸く収まるならばそちらの道を選ぶことは……良くも悪くもままある話だ」
「それは脅しのつもり? それとも安い挑発?」
「いやいや! 世知辛い世間話さ。今はまだ」
含みを持たせた最後の言葉が全てを物語っており、その世間話とやらを実現させるかどうかは男の胸先三寸だということだ。
単純に言ってしまえば、使い物にならないと判断すれば処理してやるぞという脅迫でしかない。
狭い車内で行われる主導権争いに辟易しつつ、依頼主に釘を差す。
「御託は要らないわ。報酬が用意できるのなら私は誰とでも手を組むし、誰の手でも切る。ただそれだけの話よ」
「……なるほど。では
「なに?」
「君が望んでいる報酬は昔で言うところのブラックボックス。シークレットファイル。そういう類のものと同じということだよ」
先程まで笑顔が絶えない男の表情が一変して無表情となり、スーツの内ポケットから高級電子煙草を取り出すと遠慮の欠片もなく吸い出した。
今ではありえない行為であるが、男はゆっくりと煙草の煙を肺へと入れて吐き出せば独特な匂いと紫煙が車内に満ちていく。
男は煙草を加えながら空間モニターを出して、資料を見ながら話しだす。
「我々仮想空間銀行員はその特異性から幾つもの国家が絡むことになるのは知っているかね?」
「ええ。大きなゲームには最低でも主要国の銀行が絡んでいる」
「そうだ。一部の人気ゲームを独占市場にした場合の経済損失を鑑みた国家間のパワーゲームによって、最低でも主要国の銀行は配備されるようになり、その結果デジタル通貨の取引を中心にすることになった。だがそれは仮想通貨によって個人間の送金から手数料が取れなくなったことにも原因だ」
男が出した空間モニターに映し出されるメニュー画面には送金コマンドが当然のように入っているが、本来であればこの行為を行えば手数料を取られることになる。
仮想空間では目の前に相手がいるとしても、現実ではどれほど離れているか分からない。それこそ地球の反対側にいる可能性もあった。
そんな相手に対して金を渡すということは、仮想空間であるがゆえに誤解しそうになるが幾つもの金融機関を経て送られることになる。
しかし、それも個人全員が価値証明を負担する仮想通貨の台頭によって状況は一変したという。
今となっては常識的な話だが、当時の金融業界には世界的な打撃があったらしい。
「収入源が手数料頼りなのも問題だと思うが?」
「怠慢と罵られるのは飽きるほどに指摘された。新しい身内からもね。だが今でも実情はあまり変わらないのは理解しているのかね? 仮想通貨も個人全員で価値を証明すると言えば聞こえはいいが、その大半を誰が証明していると思う?」
「その口ぶりなら銀行か? それとも企業か? 富裕層か?」
「全てだ。良くも悪くもな。独占されていた窓口が広がっただけだ。我々は毎月価値を証明し続ければ相対的に他の仮想通貨よりも高くなるものを用意するだけ」
「ふん……新たな怠慢だと罵られることになるだけだろうに」
「それはない。一定期間後に価値の証明を辞めれば、多額の収益をあげて市場から去れればいい。世界の終わりとともに」
仮想世界が無くなり、新たな世界へと引っ越す際に彼らは多額の収益をあげて消えるという。
それは運営側との癒着がなければ出来ない芸当だが、そんなことは秘密裏に行われるのだからいつその日が来るのかなど個人PLが知ることはない。
「問題発言だな」
「内密な事実だ。所詮はゲーム。飽きられ世界が捨てられれば金融など役には立たない。全てのサービスが終了するものだ」
「依頼主は銀行家気取りの投資家だったか」
「人類は皆投資家だとも。経済の発展に協力してくれている。そんなことよりも依頼の件だが、私の投資銀行が残念なことに今回標的となっている。理由としては回収屋が面倒なものを回収した所為だろう。そして、それが今回の報酬でもある」
男が空間モニターのインベントリ、アイテム欄からひとつのアイテムを実体化させると、それは男の掌に浮かぶ黒い箱となって現れる。
黒い箱の周りにはノイズのようなものが幾つも現れ、中身のデータを読み込もうとするのを防いでいる。
「プロテクトは外してある。出ないと持ち運べないのでね」
「それが報酬か?」
「圧縮された分割ファイルだ。高度な暗号化も施されているが、中身は多額の金を積んだことで解析は出来ている。これが今回の報酬だ」
「……面倒なものと言ったな? どういう意味だ?」
「色々な意味で面倒なものさ。実害が出るほどにね」
アイテムを収納した瞬間に、車のすぐ近くで爆発が起きて激しい揺れに襲われる。
しかも立て続けに機関銃の音が響き、さらなる爆発音が轟いた。
「どういうことだ?」
「定期的に襲われるようになった。そういうことだ。まずは会社に戻るまでの護衛を頼もう」
「……成程。これも面倒な依頼だということは分かった」
窓を開けさながらアイテム欄から拳銃を取り出し、窓から上半身を出して構えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます