第2章:~Relocation defense〜 銀行防衛移転作戦
第9話:もうひとつの現実
「今回のご依頼を説明します。今回はスズカ様への直接指名依頼となっています。依頼主はPL名インフォ。依頼内容は銀行襲撃犯からの防衛。方法については武力行使も辞さないとのこと」
いつもの近未来的でありながらどこか荒廃さえ感じさせる室内でスティカは依頼内容を読み上げる。
耳にかかった赤い髪をかき上げながら読み上げる様は生きている人間のようではあるが彼女はNPC。そうプログラムされただけの電子信号媒体に過ぎない。
「報酬は?」
「はい。今回の報酬内容は金銭ではないようですね。情報としか記載されておりません。罠かもしれませんが……受諾しますか?」
「受けるわ」
「受諾しました。では後日メールにて集合場所が送付されます。それまでに武装のメンテナンスを終了させておくことをお勧めします」
「ええ。解ってるわ」
スティカとの会話を終えて部屋を出てログアウトしたのが二日前のことだ。
インフォからのメールは未だ届かず、そのため私は武器のメンテナンスを頼みに行き、それからもうひとつの現実での学業に励んでいた。
「もう! 昨日も音沙汰なかったじゃん!
「……ごめんって。昨日は忙しかったの」
メタ・クラウディアに作られた関東の有名大学で講義を受けながら、幼馴染の
仮想空間上で作られるモデルは昔はドット絵のようなモデルでID管理されていたが、技術革新を遂げてすでに現実の肉体のように表現できていた。
当初は髪の色や長さ、肌の色合い、目の色やアクセサリーなど色々とアバターに個性を持たせることに熱中している者もいたが数年も経てば熱は冷える。
新たな大学デビューを果たした学生たちが機械化や動物化など色々とモデリングに熱を入れることはあれども、一年か二年で大抵の者は落ち着き始める。
里奈も最初は髪の色など色々と変えていたが、今では服装程度に落ち着いている。
「もう……最近は何のゲームをしてるの?」
「里奈ほどゲーム中毒じゃないから。図書館に行ったりとか」
「電脳図書館? それとも現実の?」
「両方。色々と調べることが多くてね」
講義を受けながら里奈と雑談をするのが私のささくれ立った心を癒す日常のひとつだ。
あの非道な世界とはかけ離れた、ありのままの日常であり平凡な学生のひとりでしかない私が本来居るべき場所なのだ。
普通に生きていればただの学生らしくお洒落や恋の一つや二つをしていてもおかしくない年齢の学生生活は眩しく、そして数日前の自分を思い出して自己嫌悪に陥る。
自分と里奈たちで、どうしてここまで絶望的な隔たりが出来てしまったのかと考えてしまう。
強い疎外感のような、異物が混じっているようなもの。これは人間の群れに一匹だけ肉食獣が紛れている人狼ゲーム。どうあっても正常な者たちとは相容れない思考が頭の片隅に必ずあってしまうために起きる拒否反応だ。
「それってさ……行方不明になったお兄さんに関係してる?」
だからこそ、里奈の言った言葉に強く反応するのは私の重心が日常の中に無いことを如実に証明する。
掴み掛りたい衝動を必死に抑えていたが、私と目が合った里奈の表情は青褪め、心拍数の上昇を知らせるアラートが鳴る。
「どうかしましたか?」
講師の声と注目を集めた視線によって我に返った里奈と私は、それから無駄話をすることなく講義を聞いていた。
講義が終わると教室から出て行く者が多い中、私と里奈は席を立つことなく黙ってただ時間が過ぎるのを待っていた。
里奈が何かを言おうとしているのを察し、ただ彼女なりに何を言うべきか悩んでいるのが見て取れたので待つことにしたのだ。
「……ごめん……」
ポツリと里奈は呟く。騒がしい場所なら確実に聞こえないだろうというか細い声でありながら、それが精一杯の謝罪だと彼女の姿を見れば分かった。
目から涙を流しながら謝罪する姿は本気で後悔している表れだった。
「……私もごめん。里奈に怒ったワケじゃないの。ただその……」
「ううん。私が悪いのっ。デリケートな話なのに」
里奈の目から流れる涙が机に当たった瞬間に、光の粒子となって分解されて消えていく。
泣いた痕跡は仮想空間上には何も残すことはないが、それでも彼女が涙を見せて謝る姿は私の中に温かみを残してくれる。
「里奈には感謝してる。私みたいな奴にも優しく接してくれて」
「鈴はお兄さんの件で疲れてるだけだよ……そうだっ! これから遊びに行こうよ! 美味しい物でも食べれば元気が出るから!」
「午後にも講義があるんじゃないの?」
「鈴が言うことじゃないでしょ!」
「それもそうね……ん?」
地図を表示させたウィンドウからお気に入りのアイス屋などを選んでいた里奈とは別に、ふと新着メールが届いた振動音に気付く。
メールの差出人を確認すればインフォからのメールだと知り、私は里奈に謝罪しログアウトした。
新たな依頼。それが私の事件の終止符へと繋がる最初の依頼になるとは当初は考えもしなかった。
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