第8話:依頼終了

 商品棚が崩れ、棚に乗っていた商品たちが床に落ちていく。地下の競売場が崩壊したことで地上部分にも影響が出ていた。


「おい、これは何だ。なにが起きてやが―――「うるせぇ」―――ぐあ」


 突然の出来事に銃を手に持って走ってきた店主を躊躇なく射殺したエルゴックスは、服についた埃を払いながら腕の調子を確認していた。

 こちらも紙一重で扉が閉まる前に飛び込めたが、一歩遅ければ爆発に巻き込まれて死んでいたことだろう。


「ホントにお前が関わると碌な目に遭わねぇな……」

「高利貸しは泣き言が多いのか?」

「なんだと?」


 大量についた埃を叩きながら立ち上がろうとした時、エルゴックスの足がそれを阻む。

 太く岩のような足は服に隠され見えないが、恐らく機械に改造しているのか何らかの装甲をつけているのかもしれない。


「……何のマネだ?」

「一難去ってまた一難って奴さ。ここにはオレとお前だけだ、白死。大した武器もねぇだろう?」

「殺し合いでもしようと?」

「この世界で正々堂々とヤり合う奴がいるとでも? 四肢を砕いて無理やりな連中のほうが多いっていうのにか?」

「どちらにせよ、私は願い下げだ。退け」


 エルゴックスを見上げて表情だけ見ればその口元はニヤつき、目は女を自分の慰み者程度にしか見ていないクズと同じものだ。

 ここに同じような顔をした者が複数いれば、それは他のゲームならばいざ知らず、このゲーム内においては結果はひとつだけだろう。

 だがエルゴックスの足は少しだけ退いてしまい、その心情を露呈させた。


「……解った。今回は見逃してやるさ」

「自分の命が惜しくなければ手を出してみればいい」

「お前を抱くぐらいなら枕のほうがいいね。地雷女が」


 軽口の言い合いをしながらも身体を退かしたエルゴックスは倒れた棚を店から出るのに鬱陶しいためか退かし始めた。

 どうやらこんな狭い店内で面倒事に発展しなかったのは幸運だったのかもしれない。相手の武器が腕だけとは限らない以上、すぐに戦闘に使えるのはナイフくらいだった。

 相手の首か眼球を突き刺すのには使えるかもしれないが、それでもすぐに絶命させられる訳ではなく反撃を受けて致命傷を受けるほうがリスクだろう。

 その程度のリスクを考えられなければ奴も高利貸しなど出来るはずもない。


「今回の依頼はハズレだったな……」


 競売会場にいたのは成金連中ばかりでトッププレイヤーと呼ばれる者たちはいない。そんな場所に私が求める情報があるとは思えないが、それでも何かが見つかるかもしれないと怪しい依頼は受けてきた。

 アイテム欄を表示し、目的のナイアフィリンの項目をスルーし回復薬を取り出す。

 会場の火によって減少していたHPゲージを回復薬を注射して戻していく。自分で撒いた種とはいえやり方も外道なもので、その結果として得たのは依頼の物と削れた心とHPゲージだけだった。


「私は……何をしてるんだろう……?」


 嫌気が差す自分の行いに天を仰ぎ、今にも崩れそうな天井を見て自然と身体は立ち上がる。

 心よりも身体は生きるために動き出し、店員が持ったままの銃すら奪って店から出れば、丁度店の天井が崩れ落ちて入れなくなった。


「あのまま死ぬつもりかと思ったんだがな?」

「……依頼達成の報告していない」

「ハッ。さすがは傭兵。依頼人に律儀なこって」

「勘違いするな。私は依頼人に律儀なのではない。依頼に対して筋を通しているだけだ」


 手に持っているのは店員から奪い取った回転式拳銃。装弾数は九発と一発が装填されている。

 回転式拳銃の中では装弾数が多く、そのためコンパクトさは無いが机の中から引っ張り出すとしたら装弾数が多いほうがいいのだろう。


「そんなものどうする? 売るにしても端金にしかならねぇぞ。ゲーム内通貨ゴールドで買えるくらいの銃だからな」

「私には銃の良し悪しなど分からない。だが目的が果たせるなら充分だ」

「……さすがは白死。お前に依頼を出すやつは全員マゾヒズム持ちだな」

「お前撃たれたくなければさっさと去れ」

「へいへい、じゃあな。もう会いたくないぜ」


 肩を下げて溜息を吐きながらエルゴックスはメニュー欄からログアウトを選び、粒子となって消えていった。

 残されたのは埃に塗れた身体を雨粒が不均等に洗い流されている自分だけ。依頼は報告するだけで終わるが、直接交渉ほうふくはまだ終わっていない。

 依頼内容に作為的な罠がある場合、そのまま依頼達成報告をしようものなら依頼者はつけ上がる。

 出費が安く済むのであればそのほうがいいと考えるのは自然のことだが、明らかな罠があるのであれば徹底的に叩かなければ自らの信用問題に繋がってしまう。


「薬剤師ハーヴェイ……確か、この街の外れに奴が出没するらしいな……」


 老人のような見た目をした白衣のマットサイエンティスト。自分の腕だけでは研究に支障をきたすとして二つほど何者かの腕を取り付けた男。

 四本腕の薬剤師の噂は簡単に収集でき、意外にも早くその姿を見つけることが出来た。

 街の中でも幾つか在る大通りのうち、新規で入ってきた者も多い通りにその姿はあった。

 愛想の良い顔で、回復薬によく似ている怪しげな薬を新参者に売ろうとしている老人がいた。

 あの老人もまた自分で作り上げた薬には名前がつけられることで、回復薬に似せて調合した実験品を初心者に売りつけ商売する輩の一人だった。


「……どうかのぉ? ワシを助けると思ってひとつ買ってみんか。なに品質は保証するぞ? 効果も間違いなくある」

「面白い商談話だな、ハーヴェイ」


 老人の背後から声をかけるとともに一発撃つ。商談に夢中だった老人は避けることも出来ず膝を撃ち抜かれ崩れ落ちた。


「な、なにもんじゃ……街中で突然」

「依頼を忘れたか。耄碌しているのなら頭は要らないな?」

「……ひっ!? は、白死……」

「要件は解っているな?」

「わ、解った! 解っておる! 金じゃな!? 金じゃろ!?」

「依頼料の十倍だせ。出せなければお前の身体に教え込むことになる」

「じゅ、十倍!? そんな金があるわけ―――」


 ダァン。

 火薬が爆ぜ、少しだけ間延びした音とともに発射された弾丸は狼狽する老人の膝を破壊する。

 地面に両足をつけて痛みに耐える姿を見て周囲の者たちは自然と近づかないように距離を取った。


「値下げ交渉が好きね? 今なら九倍。次はどこがいい?」

「―――お、おぬし……こんな、ことをして……なんに、なる」

「今この瞬間だけは私のストレス発散のためにしている。それで次は? 無いなら口の頬とかどう?」


 老人の口のなかに砲火によって熱せられた銃身をねじ込む。口の中で頬の内側を焼かれた老人は苦しんで手を掴むが、そんなことをしたところで交渉は終わらない。


「や、やめ―――「黙れ」―――ギあぁアあ!?」


 何の躊躇いも容赦もなく内側から頬を撃ち抜かれた老人は足の痛みを頬を吹き飛ばされた痛みで地面に血を撒きながら悶え苦しんでいた。

 周囲がさらに後退し、円の中心で老人を無表情に見下ろす私を見て声を潜めて話をしている。

 初心者にしろ熟練者にしろ、大通りでここまでしている者は居ない。暗い路地裏で密やかに行われている遊びを表沙汰にする輩はいないからだ。


「今なら八倍。次はどこがいい?」

「ゆ、許してくれ。そんな金は―――「七倍」―――がああっ!」

「手も足も要らないなら、あとでお前を剥ぎ屋に売り飛ばす。そこで売れる物をはき出すのもひとつの生き方だ」

「アカ、ウント……も、諸共奪う気かっ」

「金が無いならそうするしかない」


 トリガーを引き絞り、シリンダーがゆっくりと動き出す。撃鉄が雷管を叩けば弾丸はその威力を無知な老人の身体に教え込むだろう。


「わ、解った! 払う! 金なら払う!」

「……なら、六倍で手を打ちましょう」

「ろ、六ば……」


 遠慮なく、躊躇なく、容赦なく老人の眉間に弾丸は命中し新たな契約は締結した。

 あとで支払いが滞ればその時はアカウントごと売り払えばいいと考え、直接交渉は終わりログアウトをした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る