第7話:オークション会場。脱出と破壊

【???】


 積み荷の影から出てこない白い女の姿をスコープ越しに見る。

 奴が少しでも顔を覗かせようものならば、先の一発でどこに弾丸が飛ぶかは明確に想像できる今ならば簡単に頭を撃ち抜けるだろう。

 しかし、相手はこんな暗闇でも目立つPLプレイヤーだ。実力は折り紙付きの傭兵であり、その淡々とした冷酷さは傭兵の中でも噂にあがる。

 その傭兵は【白死】と呼ばれていて奴が関われば周囲は巻き込まれ、他の傭兵の任務も失敗白紙になると揶揄されていた。

 事実として彼女が関わる任務は誰もが無傷で終わることを許されない。噂ではPK集団を抹殺するために団に加わり鏖殺おうさつしたという話もある。

 彼女は任務を達成するのに手段など問わない。

 そう、自分とは真逆の存在だ。


「…………」


 スコープ越しに警戒しつつ、周囲の機械たちは巡回モードから索敵モードへと移行している。

 先程の銃火によって集まってきたが、雇い主のデータベースとの照合が終わり、今度は撃たれた箇所を視に行った。

 そのまま彼女が居続ければ機械たちに取り押さえられ、その際に撃ち殺すことが出来るのだが、そんな甘い人物ではないのも百も承知だ。

 最悪の場合、逃げられないと考えれば彼女は自爆する程度のことはするのだから近付くことは絶対に出来ない。

 だからこそ、あの積み荷の場所から何かが見えれば即座に撃ち抜けるように集中していく。

 余分な考えは狙いを外す要因になる。命のやり取りであること。今回の敵が想定以上に厄介なPLだということ。相手の考えや自分の考え。そんな余分な考えの一切が今は一発の銃弾より軽い。

 今回用意したモシン・ナガンを改造した狙撃銃はもはや元と同じなのは頑丈で耐久性があることくらいだ。

 装甲をつけて防備を固めたことで小銃や機関銃程度では壊れることなどない。

 なにより一発ずつ装填しなければならないのは欠点ではなく、これの最も愛すべき部分だ。変えるなどあり得ない。

 僅か一発の弾丸が自分の運命を左右すると思えば緊張がある。だが緊張はより深く、純度の高い集中を生み出してくれ相手の一挙手一投足が見える。

 これならば、相手がどんな行動を取っても瞬時に対応できるだろう。


 そんな深く集中に入った時、スコープに一瞬ライトの光が見える。


 それは上空へと投げられたライトだ。回転しながら投げられた光は暗闇の倉庫を照らし出し、並の狙撃手の注意を引くことだろう。

 だが、それは並の狙撃手でしか通用しない。それが狙撃手の注意を引きたいがための行動だと知られているからだ。

 スコープから見える視界が全てになる狙撃手にとって、その視界から姿を消されることが最も困ることだと十二分に周知されているのだから当然だろう。

 しかし、その程度の相手だと思われているのは不愉快になるほどに心外だった。

 銃を支える手に力みが生まれた瞬間に、さらにスコープに映ったのは煙だ。


「(発煙手榴弾か)」


 姿を隠す常套手段。恐らく煙とともに移動するつもりなのだろうが、その際に空気の流れが変わって煙が動いて完全に姿を隠すことは不可能。そこを、狙い撃つ。

 一瞬の静寂。

 時が停まったかのような静止した世界で、煙が揺らめいた。三つに。


「…………!?」


 煙の中から左右に放たれた発煙手榴弾は煙を吐き出しながら飛び出し、落ちてきたライトが煙の中に飛び込み床に甲高い音を響かせた。


「いない? すでに移動した? いや発煙を投げている以上はいるはず……」


 だがそこにいち早く向かうのは索敵モードに移行した複数のエアドローンだ。

 彼らが煙の中に入っては煙の流れなど判るものではない。


「……エアドローンか」


 障害物に邪魔されないエアドローンは索敵専用機だ。そこに敵が居たところで警報程度しかできない。

 さらに言うなれば、煙の動きを見ようとしているところでアレが侵入しようもなら煙はさらに四方へと広がってしまうだろう。

 倉庫内を自由に動き回られては遮蔽物の多い場所では姿を見つけるのは難しい。

 だが、彼らが見ている映像が空中モニターを通してこちらにも共有されていることで撹乱にはならない。

 そう、スコープは常に移動しながら敵を見ているのだ。


「その程度では逃げることは出来ないぞ、白死」


 この先考えられる手段は閃光手榴弾を使った目眩ましと、巡回機の動作妨害を目論んだ電子妨害手榴弾の併用だろう。

 安価なため他のゲームでは多様されるよくある手だが、この世界においてそれはすでに古すぎる手だ。

 多少の金を払えば電子妨害の影響を最小限にするように改造することなど造作もない。


「『狙撃手。お前の欠点を教えてやる』」


 それはダウンフォースⅡ型に取り付けた集音装置が拾った音声だ。つまり奴は未だその場を動いていないことを示している。

 そして同時に煙の中にエアドローンが侵入し、モニターに奴の姿がハッキリと映し出される。

 そう、携帯対戦車用擲弾発射器を構える姿が。


「『その場に留まり続けた愚かさだ』」

「お、まっ」


 それは想像よりも恐ろしき発射音。決して対人に使うには過剰なだ。

 死を告げる噴射音が中に詰め込まれた人に使うべきではない量の火薬を引き連れてこちらへと飛翔する。

 明確に奴の差異を認識していなかった。奴は侵入者の皮を被っていたが、奴は逃げる選択肢を奪われた瞬間からすでに殺人兵器キリングマシーンに変貌していたことに。



 ――――――――――――


 倉庫内に爆発音が轟き、棚が崩壊し商品が飛び散っていく。

 それは潜入を台無しにする一打だが、目的のものを手に入れた今では意識することはない。

 また倉庫の壁が堅いのか、それとも狙撃手に何かの装甲があったのかは不明だが倉庫内は存外に被害は少なかった。

 それでも振動はあり、不審に思った主催者側は監視装置で調べようとするだろう。


「残り三分。奴らと追いかけっこするつもりはないが……仕方ない、計画変更だ」


 空中モニターにメニューが表示され、仕掛けた爆弾の位置を調べるとどうやらフロアにて接客対応しているのが見て取れる。

 指定した場所ではないが、部屋から出てはいるらしい。


「もったいない気はするが仕方ない。目眩ましに、なって貰うぞ」


 時限爆弾に取り付けられていた遠隔起爆用のスイッチを押し、倉庫外から聞こえる爆発音とともに倉庫から抜け出した。


「いたいいたい……いた」「足がぁああ! 足があしが」「誰か消してくれ! 熱い熱いんだよ!」「なんだよ、これ……なにが」「ふざけやがって! 犯人を捜せ!」


 倉庫扉が開いた瞬間から走り抜ける先は壁が崩れ、鮮血と肉片が飛び散り、悲鳴と糾弾の声が飛び交っていた。

 主催者側も理解できていない状況下で最短距離を駆け抜ける。

 爆発に巻き込まれたが何とか生きている従業員が失った足の痛みに耐える姿や、身体が燃え上がり苦しむ姿などを無視して走る。

 彼らは障害物。いずれ崩落の中で消えゆく命だ。痛みに悶うちながらHPバーが完全に消えるのを待つか回復剤を使って応急処置を施して逃げるかのどちらかだ。

 だが、突然の衝撃に即時に対応できる者などいない。

 一種の放心状態の中で彼らは痛みしか気付けてはいないようで、その中を駆け抜けるのは難しいことではなかった。

 しかし、運が悪いことに出入り口まで辿り着くと崩落していて進めそうになく、どうやらすぐ近くで爆発し、当人は跡形もなく消え去ったが巻き込まれたモノの痕跡だけが残っていた。

 こうなる可能性もあったため用意していた兵器は先程狙撃手に使ったばかりで残りは無い。

 裏口バックドアがあれば探せばいいが、行き着く先が敵陣であることを考えると首謀者がどうなるかは火を見るより明らかな事態だろう。

 最悪の場合は持っている爆薬を全て使ってしまうことだが、この会場を崩落させるのを早めるだけだろう。


「……脱出が最優先か」

「待てよ、白死」


 背後から声をかけてきた男の声に、振り向くと同時にナイフを引き抜き男の首に刃をあてる。


「忠告はしたはずだ。エルゴックス」

「お前の仕事ぶりを観たかったのさ。周囲を顧みないお前の残虐ぶりをな」

「利用した奴らは痛みなく吹き飛んだ。それが私に出来る誠意だ」

「誠意で爆死させるのか? ハハハッ! やっぱり狂ってるんじゃねぇのか?」


 阿鼻叫喚の地獄絵図の中でも笑うエルゴックスに言われる筋合いはないが、痛みを長引かせて愉しむこの世界の連中に比べられることが自体が癪に障る。

 喉元に突き付けたナイフに力が入ると、エルゴックスは笑みを張り付かせながら形だけの謝罪をする。


「悪い悪い。だがよぉ、さすがの白死様も想定外には弱いのか? どうやらお困りのようだが?」

「これから爆破する。まだ運があれば脱出は可能だろう」

「ハッ。あんたに任せたら俺も一緒に生き埋めにされそうだな。ちょい退いてな」


 エルゴックスの機械義手に換装された右腕が変形し、手の部分が円形状の筒のようになる。

 何かの射出機なのは見て解るが、そこに何が仕込まれているかは不明だった。


「この辺だな」


 崩れた出入り口の一部にエルゴックスは腕を伸ばし筒を押し当てると、腕に光りが少しずつ灯り、幾つもの駆動音が一瞬の音楽のように奏でられる。

 それはまるでバイクの排気音の如き唸り音であり、その音が少しずつ大きくなる様は奴から距離を置くのが必然のように思えた。

 そして奴の右腕に表示されているゲージが半分を超える頃合いでそれは起きた。

 会場を揺らし周囲に新たな振動と崩落を招きながらも、その一点に集中された力は貫通力の極致だと言わんばかりの破壊力を見せる。


「かぁあああ……いってぇ。肩が外れそうになるのが欠点だな」

「それは?」

杭打ち機パイルバンカーだ。連射も出来ねぇしゼロ距離じゃなきゃ効果もねぇ。溜める時間もかかるし超過すりゃ腕が飛ぶから戦闘に使えねぇ」

「非合理だな」

「だが、効果は抜群だ」


 冷却のために右腕から煙を吐き出しつつ、誇らしげに見せる結果は出入り口を塞いでいた瓦礫を見事に破壊し外へと通じる階段を見せた。


「どうだ? この階段を使いたきゃ2千万IGCでいいぜ?」

「お前の死体を剥ぎ屋に出せば回収できる金額だな」

「……くはっ! 冗談に決まってんだろう? ここに他の奴らが集まる前に出んぞ」


 メニューから奴に送金する金額を打ち込んでいると、エルゴックスは冗談と言って階段へと足をかけた。

 それを見ていた者たちが呆気に取られている隙に抜け出すのは賛成だが、そんな状況にさせるつもりはなかった。

 アイテム欄から使わなくなった手榴弾を取り出し、手に持った一つ以外は床へと転がった。


「何する気だ?」

「止めを刺す気だ」


 その言葉を聞いた瞬間にエルゴックスは階段を駆け上がり、私は階段に足をかけて手に持った手榴弾のピンを抜く。

 手榴弾を手から落とすと同時に階段を駆け上がる。チラリと見えたのは手榴弾を遠くに飛ばそうとしてか、それとも我先へと脱出しようとしてか階段へと向かう群衆だった。

 階段を駆け上がり、エルゴックスが通ったことで開いた自動扉へと咄嗟に飛び込む。

 骨董屋の店内に転がり込んだ瞬間に、巨大地震のような振動が局所的に起こり、店内は大きく揺れて棚から商品が落ちていった。


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