第6話:オークション会場。戦闘開始
「こ、こちらから準備室へと行けます……」
「分かった。ならばお前も所定の位置について待機しろ」
「……わかり、ました……」
先導していた給仕の女は腰につけたポーチをに震えながら彼女はこの場を去った。
自らの命運を悟り、残された猶予時間はオークション開始の合図がある時までだと理解していても丁度購入された時間と合致しているため逃げることは許されない。
彼女たちに許されているのはオークションが開始するまでは拷問部屋から出られないこと。そして時間が近づいたら広間に散らばり、開始の合図とともにポーチに入った時限爆弾でもって散ることだけだ。
彼女たちは歩く爆発物となり、このオークション会場を吹き飛ばすための舞台装置になって貰った。
拷問現場を散々見せつけられ、そして次は自分の番だと恐れ怖がっていた彼女たちには全て諦め、大人しく指示に従っていた。
感傷に浸ることはなかった。彼女たちがここで働いている理由も自らの欲望によって堕ちたか騙されて来たのだろうと察しがついていた。
どんなに良い気分にはなれずとも。利用できるモノは何でも使って任務を果たすのが傭兵の仕事だろう。
「すぅ……はぁ……これは、ゲームだ」
意識的に吸って吐く動作を行い、頭の中に未だにこびり付く罪悪感を消す。
罪悪感は選択肢を狭めるだけの邪魔ものであり、身動きを鈍らせる鎖でしかないと脳に焼き付けている。
なおかつ自分がやっているのはゲーム内での出来事。
しかし、時にふと思ってしまう。
仮想とはいえ現実であるこの世界で、平然と他者を害せる自分は本当に悪くないのかと。
「考えるな。今は任務だけに集中すればいい……」
思考についたノイズを消し去り、目的の物品である【ナイアフィリン】という希少薬物を手に入れることを考える。
そして手に入れたあとは、会場が炎に包まれる前にしろ後にしろ脱出の算段を即座にたてて行動しなければならず時間は限られていた。
自分の醜悪さに目を瞑り、目の前にある扉を開いて中へと侵入する。
そこは薄暗い巨大倉庫に繋がっていて、床に埋め込まれた照明が足下を照らすだけだった。
会場内運び込まれる前に目的の物を見つけなければならないが、倉庫の大きさは広間程あるのを考えると、ある程度のあたりを付けて探したほうが効率はいいだろう。
「確かナイアフィリンの特徴は光を当てると紫色に光ると書いてあったが……」
小銃用のライトを取り出し点灯させ、入口近くの棚に光りを向ければ瓶詰めされた物が飾られているのが分かる。
ぎっしりと詰められた目玉や指。液体の中で浮かぶ脈打つ心臓や内臓。他にも鉱物や薬草。本物と見紛うほどの義手や義足などもある。
そんな中で、瓶に納められている三叉に別れた黒と白の色の剣のような葉をした花を見つける。
その花は光をあてると葉が紫色に光り、調べて見ればナイアフィリンと表示された。
「これがナイアフィリン?」
棚の左右にセンサーが無いことを確認し、手に取って見てみれば確かに現実では無さそうな花だった。
世界中の花を全て知っている訳ではないが、このような奇怪な形をした花は日本ではまず無いだろう。
「……まあいい。どうあれ目的の物は入手できた。あとはこの場所から抜け出せれば任務は達成か。ん?」
手に持っていたナイアフィリンがポリゴンとなって消え、アイテム欄に追加されたのを確認した時だった。
倉庫内に幾つもの駆動音と車輪が床面を滑る音。そして小型無人航空機が空気を吹かして飛んでいる音が聞こえる。
「あれは……ダウンフォースⅡ型とエアロドローンか」
あらゆる地面に適合し走ることができるダウンフォースを改良し、壁すら走るようになったⅡ型は円盤状の身体から四つ足の車輪が生えている。身体に何を乗せても問題なく、運搬用にも戦闘用にも使われており、見たところ捕縛用にセッティングされてる。
そしてエアロドローンは今までの羽で浮かすドローンよりも静穏性に優れていて、主に索敵の専門家として現場で使われている。
「巡回用か?」
こんな闇の中でも機械にとっては大した脅威ではなく、暗視装置によって処理された視界は今では普通の視界と何ら変わらない。
カメラの性能は鮮明なのは当たり前であり、あとは小型化と機能性に優れた物であるかどうか。その汎用性が決め手になっているのは言うまでもない。
元よりカメラの性能を高める理由の最も大きい要素が軍事利用できるかどうかだという。敵の情報を正確に空から得るためには高性能なカメラが必要だからだ。
今では雲など邪魔な物は簡単に消去するだけでなく、建物の内部を透過させより正確な情報が得られるようになっているという噂もある。
だがそれはあくまで軍事的な話。民間の機器にそのような機能があればプライバシーの保護だの何だのと
しかし、だからこそ他の部分を伸ばそうとするのがエンジニアの性分らしい。
あのダウンフォースⅡ型には性能はまだまだだが、集音マイクが搭載されており一方向の音を聞き取り解析することができる。
そのため空を飛ぶエアロドローンの駆動音を集めず、しかし侵入者の呼吸音ならば簡単に拾えてしまうのだ。
「面倒な物を巡回させているな……」
手持ちのアイテムから電波妨害用の手榴弾もあるにはあるが、妨害したことが伝わるのだから意味はない。
ならばと棚から使えそうものを拝借するしかなく、二つほど瓶に入った物の中身を気に留めることなく投げる。
犠牲者の舌が入った瓶は放物線を描きながら床へと音をたてて割れ、その方向に一斉に巡回機たちは動き出す。
走り出したい衝動を抑え、ゆっくりと足音をたてずに移動していく。積まれた商品で姿を隠しながら移動し、手に残っていた解剖された鼠の瓶をさらに遠くへ投げる。
彼らの知能でも二度目の音を調べる頃合いで警戒度は上がるだろうが、その前にこの倉庫から脱出できれば問題はない。
「(よし。今っ)……っ!?」
足を踏み出した瞬間に、背後から足下に打ち込まれる弾丸に身体を丸めて積み荷を背にして様子を見る。
どうやら連射するタイプの銃ではないのは次々に弾丸が撃ち込まれないことと、その銃砲の重さから遠距離からの一撃と判断したからだ。
一発の発砲音が床に銃創を作り出し、そして音に反応した巡回機に光りに照らされその姿を見せた。
銃身から小さく硝煙が立ち上り、
そしてこんな倉庫の中でも奴は変わらず、愛用の厚手の
「嫌な奴が居たな……」
幻影の狙撃手。姿なき暗殺者。遠方からの死の配達人。暗闇の血の雫。
幾つもの狙撃銃を愛用し、狙撃銃しか使わない変わり者であるが狙った標的の命は九分九厘無いと言われる狙撃手。
迷彩で姿を見せないが、そのスコープから見える赤い瞳だけが印象的に標的の頭に強く残ってしまうという。
排出された薬莢がカランと音をたてて棚から床へと落ちていくのと同じくして、奴は新たな弾丸を詰める。
どうやら今回は連射が出来るタイプの物ではなく、こんな世界でも昔ながらの銃を使う辺りはマニアというよりも立派な変態だろう。
しかし、こんな倉庫という限られた空間で狙撃手を用意するのは悪手に思える。
恐らく軽機関銃などを使われて商品が傷つくのを恐れたのだろうが、それでも狙撃手を使うくらいならばナイフなどの近接戦が得意な者のほうがいいだろう。
「……間に合わないか」
時間を確認すればオークション開始まで残り五分ほどで時間はない。ここを無事に一直線に出られれば問題はなかったが、足止めされた以上は覚悟を決めるしかない。
敵は狙撃手。距離の開きは敵のアドバンテージでしかなく、近寄って倒すには二つの大きな関門がある。
まずひとつは狙撃手の攻撃。奴の銃が連射ができるタイプの場合、スコープすら覗かずに次々にヘッドショットを決められる異常者だ。しかし今回は単発式の物で一度撃てば一瞬だけ時間はあった。
そして二つ目はこの倉庫に配備された巡回機たちだ。音に反応し奴の周りにいるとはいえ、反撃をして小銃を撃てばこちらに寄ってくるだろう。
そして見つかれば拘束され、そのまま鴨撃ちにされるのは間違いない。そんな狙撃手のダーツ遊びに付き合う訳にはいかない。
「(五分か。長いな)」
狙撃手を前にして五分間の命の取り合いをしなければならないというのは明らかに長い。
どうやら奴自身は味方だからか巡回機の反応はないらしく、音に反応することはあっても捕まえることはしない。
圧倒的な不利な状況ではあるが潜入任務において周りが全て敵なのは当然のことだ。その相手が痛みを知らない機械たちと優秀な狙撃手なだけである。
「活路は……やはり奴らか」
この倉庫という室内で飛び回るエアドローンと走り回るダウンフォースⅡ型を上手く利用できればこの火線を攪乱することも可能だろう。
自由に動き回れるものはあの機械たちしかない。敵だけが利用するとなれば辛いがこちらも利用することができれば活路も見出せるだろう。
だが、こちらのすでに出している手持ちの道具類は奴に確認されていることは間違いない。ナイフと拳銃、ライトは奴に対策されている可能性がある。
アイテム欄を素早く確認し、使う物を用意したあと覚悟を決める。
相手はこちらの命を狙い、こちらは制限時間まで生き延び脱出することが目的だ。
例え、狙撃手を殺してでも。
「……ここで立ち止まることなんてあり得ない」
手に持つのはライト。そして発煙手榴弾だ。床に置いた手榴弾もまた発煙だ。
「さあ、集中しろよ狙撃手。私を撃ち殺したければな」
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