第5話:オークション会場。備品調達

「アンタ一人か? 連れは居ないのか連れは?」


 エルゴックスは酒を注いだ女の胸を揉みながら、一人で座っているこちらに絡んでくる。

 こちらの反応を見ながら酒を楽しみたいのだろうが、そういった余興に付き合う義理は欠片も持ち合わせてはいない。


「酒も女もクスリもしねぇんじゃ暇だろう。ここは俺が貸してもいいんだぜ?」

「…………」

「まあこんなところに来る奴だ。俺が誰だか知ってんだろ? 貸せるモノなら何でも貸すぜ? さすがに俺の立派な一物は女限定だけどなっ!」


 笑いながら注がれた酒を飲むエルゴックスにこちらは用件などありはしない。この席を選んだのもマシな席が残っていなかっただけなのだ。


「おいおい。これから楽しいオークションが始まるんだぜ? テンション上げてかねーとつまんねぇだろ?」


 エルゴックスは女の頬にキスをし、胸を揉み、身体に指を這わせ、酒を注がせるなどして遊んでいた。

 まるで興味の湧かない路傍の石を見ている気分ではあったが、面倒事は少なくしておくのが最良だと判断しテーブルを指で二度ほど叩く。

 すると店内のメニュー表が空中モニターに現れ、幾つかの商品が表記されていた。

 数十に及ぶ酒の他にも簡単な軽食。そして性的なオプションサービスや個室使用状況なども確認できた。

 その中から選ぶのは百万IGCほどする酒を選ぶ。もちろんそれはこのテーブルの上に広げられている酒瓶の銘柄だったからだ。

 透明なミニスカートを履いた給仕の一人がグラスと酒瓶を持ってきたことで、エルゴックスの態度は軟化する。


「ほう? それを選ぶとは分かってるじゃねぇの! 最初は美味い酒から飲むべきだよなぁ! つーかこれ以下の酒なんて不味くて飲めねぇよな?」


 給仕の女が手際よく酒瓶のコルクを抜き取り、一杯目をグラスへと注いでいく。

 一滴の濁りも持っていない透明な酒がグラスの底に跳ねると、グラスに沈んでいた

 金粉が舞い上がりグラスを彩る。

 室内の照明によって輝きを振りまく様は、金持ちに媚を売る遊女の如き妖艶さを呑む者に魅せる。

 金の魅力を堪能させたあとは飲んだ者を耽溺させるには十分なアルコール度数が口や喉を楽しませることだろう。

 給仕が注ぎ終わったグラスを持って、エルゴックスへと近付く。


「おっ、乾杯か? いいねぇ、そうこうなくっちゃ……んなっ?」


 奴の前に立って注がれたばかりの酒を奴の眼前に差しだすと、エルゴックスはこちらの意図が分からずに間抜けな顔を晒していた。

 そして周囲の奴隷たちには聞こえないように顔を近づけ、奴の耳元で囁いた。


「死骸を晒したくなければこれを飲んで帰れ。これは私からの忠告プレゼントだ」

「っ」


 一瞬で酔いが飛んだエルゴックスはこちらの顔を見て正体に気づき、額に一滴の汗を流した。

 大人しく差し出された奴のお気に入りの酒を受け取らせてからその場を立つ。

 注文した時に給仕がどこから現れたのかが見えたため、従業員用の通用口がどこか判明したのでこの場にはもう用が無かった。

 あとは個人用のスペースで幾つか道具を調達し、裏に準備されているであろうアイテムを奪い取るまでだ。



 ――――――――――――

【エルゴックス】


「どうされましたか、エルゴックス様?」

「どうぞこちらのタオルで汗をお拭き下さい」


 買った女たちが甲斐甲斐しく猫なで声で接待してくる。押し付けられた胸や腕、ももの柔らかさも今となっては手に持った一杯のグラスのほうが重要だった。

 この女たちは所詮購入した時間だけの相手役。周囲の連中のように慰み者にして遊んだところでそういうのひとつでしかない。

 そして今まで飲んだ酒も食った物も結局のところオークションが始まるまでの暇潰しのひとつであることには変わらない。

 だが、手に持った一杯は違う。

 これはあの狂犬染みた女が渡してきた忠告付きの酒であり、恐らくこの一杯を飲み干す時間程度しか生き残れる可能性がない。


「……クソ。解散だ」

「えっ?」「どうされました?」「エルゴックス様?」

「うるせぇ。解散だって言ってんだろうが」


 酒に浮かぶ金粉ごと一気に飲み干し、アルコールに浸る間もなく立ち上がって席を立つ。

 テーブルに広げたゴミは席を立った瞬間にデータの粒子となって消滅していき、奴が頼んだ中身の入った俺のお気に入りの酒だけが残る。

 その存在感は奴がいた証であり、これからこの会場で何らかの惨劇が起こされる前触れにも見えた。

 恐らく今騒ぎなれば奴は俺がこの場を去る前にことを起こしてしまい、俺は生きては帰れなくなるはずだ。

 黙ってこの場を去る以外に、あの狂犬の牙から逃れるチャンスを不意にする訳にはいかない。

 仮にこの商売女たちや会場の連中が幾ら死のうとも、生き残れるならば誰でも金は払うだろう。そういった必要経費だったのだと思うことにしよう。


 ――――――――――――


 従業員の通用口へと入る前に二階にある個人用のスペースへと向かう。

 オークション用の舞台の端に二階へと上がるエレベーターが用意されており、そこに乗り込めば二階へと簡単に上がれた。

 一階の広間からはマジックミラーのガラス張りで見えることはないが、それでも過激なことをしでかす阿呆は多い。

 ガラスに血が付着している部屋があるくらいで、そういう輩はこの場に何をしに来たのかも今となっては興味がないに違いない。

 音もしないエレベーターに乗って二階にあがれば、そこは木製調の壁と赤い絨毯が敷かれた館のような様相を呈していた。

 壁にかけられたキャンドルが薄暗い廊下をほのかに照らし、奥行きがどこまで続いているのかを分からなくさせている。

 また、この暗さでは相手の顔を注視しなければ見えず、客同士のプライバシーを考えてのものだろう。


「確か……この部屋か」


 絨毯によって足音を殺す必要もなく、無言のまま目的の部屋の前へと立つ。

 記憶を辿れば一階から見えたガラスに血の付いた部屋はこの部屋であり、オークションよりも奴隷をいたぶることに快感を覚えたタイプの者がいるだろう。

 容赦する気など欠片もないが、返り討ちにあっては任務に失敗することになる。

 迅速かつ正確に状況判断して制圧しなければならないが、それもいつのものことだと自らに言い聞かせて呼吸を落ち着かせる。

 メニュー画面を開き、いつもの装備を素早く用意する。

 ナイフを胸に、ハンドガン二丁が腰のホルスターに納める。

 外から見たところ隙間の類はないため中の様子を探るための小型の索敵機は使えそうもない。

 だがこの扉の前に立っても音は洩れていないことを考えれば、扉が閉まれば多少荒っぽくしても防音は問題ないということだ。


「グレネードなら安価なんだけど……」


 いつもであれば手榴弾ハンドグレネードを投げるところだが、今はまだ大事にする気はない。

 確実に相手を無力化するつもりではあるが、周囲の状況が読めない以上は勝算が高い手段のほうがいいだろう。

 催涙手榴弾を取り出しピンに指をかける。そしていつでも抜けるようにホルスターの留め具を外してから扉を開ける。


「いあぁ■■あぁガ■あ!」

「な、誰だ!?」


 最初に聞こえたのは女の涙混じりの咆哮。続いて拷問を楽しんでいた男の驚く声だ。

 部屋の壁際に整列させられた女たちが部屋の中央で磔にされた同僚が男に嬲られる様を見せつけられていた。

 部屋に入ると同時にピンを抜いて部屋の中央に投げた催涙手榴弾から煙が発生し、その煙を吸い込んだ男は咽ると同時に涙で前が見えなくなる。

 先程まで女の指を切断していた道具を落とし、前かがみになって煙から逃げようとする。

 そして当然のように拷問を楽しんでいた男の他にも仲間が二名おり、しかし彼らもまた買ってきた奴隷を犯している所で即戦力とはいかない。

 部屋の中の戦力を的確に削るため、まずは中央の男ではなく他二名の頭をハンドガンにて撃ち抜き呆気なく二名は退場した。

 そして中央で咽び泣く男は、自分がまともに戦えないと分かっていても落とした道具を拾って立ち向かおうとした瞬間を頭を撃ち抜いた。


「鍵のかけ忘れか。素人め」


 簡単に制圧できたが敵が他にいないとも限らない。体勢を低くし数秒待ち、それから壁を背にしながら怪しげな場所を検めてみるが他に敵はいなかった。

 男が三人いて拷問とレイプだ。そしてよく見れば散々痛めつけられた女と死体となった女を二人は盛りのついた猿のように抱いていたらしい。

 部屋の中の惨状を改めて視れば壁際には数名の生きた奴隷たち。痛みに耐えつつ苦痛に悶える磔にされた女。そして床やベッドに転がる二名の奴隷の死体。

 男たちは奴隷と遊ぶというより、奴隷で遊んでいたのだろうがこのゲームでは珍しい趣味ではない。

 女性プレイヤーを好んで殺害し、動けなくなったところを……という奴らもいるからだ。

 また拷問部屋が用意されていることからも、こういった趣味を持つ者たちを運営側は歓迎しているのだろう。

 決して理解できる日は来ないが今も変わらずシステム上には存在している。


「い、いやっ殺さないで!」

「殺さないで!」

「助けて! 助けて下さい!」


 催涙ガスが切れたことで給仕の奴隷たちが、客である男たちを殺害した存在に気づいたことでパニックが起こる。

 先程まで男たちの凶行によって与えられた精神的苦痛から、さらに追い打ちをかけるように侵入者が現れて男たちを殺害したのだから彼女たちの精神は限界を迎えようとしていた。

 だが彼女たちは時間内まで買われた奴隷であり、逃げるという自由が許される前に購入者は死に所有権がこちらに移っていた。

 制限付きの所有物は殺した相手の物になるため、彼女たちの今後は男たちを造作もなく殺した何者かに移ってしまい気が気ではないのだろう。

 だが―――


「黙れ」


 ―――ただ一言命令すれば、彼女たちの必死の懇願は容易く消えてしまう。

 磔にされて拷問を受けて痛みに悶える女の頭を吹き飛ばし、HPをゼロにしてから生き残った彼女たちに問う。


「騒げばこの場で殺す。その際は弾丸が勿体ないのでこの場にある器具で殺すことになるが?」


 壁に飾られた拷問器具の数々を指差しながら尋ねれば彼女たちは必死に頷いた。

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