第4話:燃え上がる灰心

 今回の競売会場となっている場所は六番区の寂れた骨董屋にあるらしく近くの物陰から張り込んでいると、ちらほらと外套で身バレを防ぐ者たちが入っていくのを見る。

 どうやら情報は間違っていなかったようで、人の波が途切れたところで同じように外套で姿を隠しつつ店内へと入っていく。

 店内は人が一人だけ通れるほどの通路しかなく、棚には価値の無さそうな壺や皿に紛れて、生き物の舌や目玉などが瓶に入れられて販売されている。

 名称を見れば【ジムボーイの舌】や【マリナの右目】などと表示され、そんなこのゲームにおいては落ち着いた商品を置く店主はカウンターで酒を飲みながら客を待っていた。


「店主」


 カウンターの隅に置かれた訳あり商品の箱の下からチケット一枚取り出して購入する。

 今回の販売員は無駄口を叩くことと手間取った者は部外者と判断し、その場で問答無用に射殺するらしく、知らない者ならばそれだけで棚を飾る商品になることだろう。

 白髪頭の髭男は他に何も確認することなくチケット売り、不愛想に奥の扉へ行けと顎で示された。

 チケットを手にして奥の扉に触れると自動的に扉は開き、薄暗く長い階段を下りていくなか銃声の音が背後から聞こえるのを無視して先日のインフォとのことを思い出す。



 ――――――――――――


「実はですね。今回はお金ではなく協力をして欲しいんですよ」


 ニコニコと笑みを張り付かせて彼女は明らかな詐欺師染みた妄言を吐く。

 絵に描いたような胡散臭さが漂い、この時点で文字通り手を切るべきか悩んだが話は最後まで聴くべきと判断し席についた。


「依頼を無償でやれと?」

「無償というより出来高制ですかねぇ? 少しばかり面倒な内容かと思いまして」

「内容は?」

「白死さんなら噂を聞いてるかと思いますが、実は近々イベントが開催されるらしくてそれに協力して頂けないかと」

「イベント?」

「おや、ご存知ありませんか? 噂の襲撃イベントなんですが」

「……はぁ。与太話だと思ってたのだけど」


 インフォの小さく抑えられた言葉に思わず溜息を吐いてしまう。

 このゲームはロクデナシしかいないが、現実リアルにしろ仮想バーチャルにしろロクデナシがやることは大抵同じらしいと呆れてしまった。


D,Cデジタル・カレンシー銀行?」

「はい。どうやら本当の話らしくて。窓口ホットウォレットを狙う奴らと金庫コールドウォレットを狙う奴らがいるらしいんです」

「まさか。私に襲撃の荷担をしろと?」

「いえいえ。その逆です。彼らを殲滅して頂きたいんですよ」


 そう言った彼女の笑みは冷たく鋭利な刃物のように口角を上げて微笑む。

 どうやら考えていた襲撃者側のPLではなく、銀行側に関わる人物だったらしい。


「実は前に銀行員の方と少々縁がありましてね。その方から信用できそうな方に話を取り持ってくれないかと相談されておりまして」

「それで私に白羽の矢が立ったというワケ?」

「その通り! 依頼成功率は8割を超えていますし、実績も申し分ないと判断しています。ただ達成後に依頼主への苛烈な制裁も噂になっていますが……そちらに関しては依頼内容への作為的な誤情報があったようですね」


 本当にただの情報屋なのかと思わせるほどにこちらを調べ上げている彼女は一口大に切ったパンケーキを口にして味わいながら空中の表示された情報を確認していた。

 正確な情報こそが彼女の生命線なのだから、その情報は膨大にして微に入り細を穿つほどだろう。

 何でもないことのように装いながら彼女は交渉という自身の戦場に立っていた。


「……ご苦労なことね。でも私にとって依頼達成率や報酬額が今回の問題ではないし、貴女の今後もこれから口にするであろう言葉に左右されている。貴女自身が商品になりたくなければね」

「報酬のお話ですね。私からお話できるのはD,C銀行の金庫内に保管されているとしか聞かされていませんが、あり得ないお話ではないと個人的に思いますね」

「五番区のトップバンクなら後ろめたい情報も保管されていると?」


 金融の五番区で最初期に現れたD,C銀行は他のPLが運営している物よりも幾分か信頼されており、噂では世界的な影の銀行シャドーバンキングが用意した支部のひとつとも、または表では言えない組織が母体となっているなどと憶測が飛び交っているが真偽は定かではない。

 何故ならVRMMOにおいてデジタル銀行はメタバースの仕組み上不可欠の代物であり、どんなゲームにでも存在しているからだ。

 VRMMO内で使われる暗号資産が他のゲームでも使えるようにすることや、また主要国のデジタル通貨に変換することも出来るからこそVRゲームは世界に普及できている。

 ただし、それは主要国で承認されたゲームに限った物であり、それゆえにこのゲームの異様は際立っている。

 誰でもダウンロードが出来る物ではなく、しかし主要国が承認しなければ出来ない銀行が存在しているのだから。


「蛇の道は蛇ってことでしょうかね。しかしデジタル世界でも銀行強盗が現れるとは……世の末でしょうか」

「興味ないわ。暗号資産の取引はデジタルを使った原始時代のやり取りへの逆行なんて言う人たちも居るぐらいよ」

「物々交換ですか。それなら単純で解り易くていいんですけどね。ですが、現代人たる私たちは契約で実物が無いものでも取引が出来ると思ってもいいでしょうか?」

「口約束はしないわ」

「もちろん、依頼の書面を用意しましょう。今回はあくまで意思の確認であり、根回しと考えてくれると有難いです」

「その際には具体的な報酬の形を用意して。でないと今度は私が強盗する破目になる」

「了解しました。交渉しますが、その分の仲介手数料は別途頂きますよ?」

「洩れなく仕事をしてくれるなら喜んで」


 ポンとモニターに提示された五十万IGCを即払いし、インフォとの交渉を終えてから席を立った。

 渡された資料と心に灯った暗い炎を持ち帰って。


 ――――――――――――


 階段を歩きながら自分の中に燻り、やるせない感情という灰が積もっていたことによって見えなくなっていた炎に燃料が与えられた。

 どこかでもう無理なのではないか。このまま抵抗していても何も解決しないのではないか。もう、諦めたほうがいいのではないか。

 今までやってきたことが常に無意味に思える日々を過ごし、そしてそれを再確認させてくる夜を過ごした。

 親には言っていないがオンラインの大学は休学中。幼稚園からの現実でも会う友人は何度もメールをくれている。

 親は気丈に振る舞っているものの精神的に参っているのは一目で解ってしまう。

 このデジタル社会で完全な消息を断つことなど出来ないと思っていたし、テレビやネットニュースで流される凄惨な事件は自分には直接的な縁などないと思っていた。

 だが当事者になったことで、この胸に宿った仄暗い炎が灯ってから今も消えることがない。

 この事件を解決するまでは……絶対に消えることはない。


「ようこそ、お客様。お時間までお好きな席でお寛ぎ下さい♪」


 階段を降りた先には扇状的な格好をした給仕が待っていた。

 胸元が大きく開いた鉄製のバニーガールアーマーを纏う女の首には隷属用の鎖型チョーカーが着けられ、愛玩用だと解るように貝の形のアクセサリーが付いている。


「もし良ければお客様のお相手をさせて頂きますが……お買い求めますか?」


 給仕は自らが売り物だと自己主張するように、股のところについた貞操帯のような鍵穴を指でつくったハートマークで誘う。

 その際にキラリと光る貝の裏にはバーコードが描かれ、それを読み込めば彼女をレンタルすることが出来るようになっている。

 気に入った奴隷を一定の時間に限り自由にすることができるため、こういった場には借金などによって働いている者も多かった。


「要らない」

「……解りました。それでは時間までお寛ぎくださいませ」


 こちらが女だと認識した給仕は大人しく引き下がり道を譲ってくれる。

 給仕が下がったことで会場の様子が見えてくる。

 薄暗い照明に照らされるのは深紅の絨毯と真っ白なシーツがかけられたテーブル。座り心地に拘っているであろうソファが広い室内に幾つものスペースに分けて設置されている。

 さらには大きめの一枚ガラスによって遮られ、広間を見れるようにされた二階の部屋は金払いのいい者たちのスペースらしい。

 声は聞こえないし姿もマジックミラーによって見えることはないが、このゲームに用意された個人的なお楽しみスペースなど碌な物ではないだろう。

 なにせオープンスペースであるこの広間のソファでも給仕を性的に弄ぶ者たちがいるのだから。

 自らの一物を奉仕させる者や抱く者。改造した腕から伸びる触手の如きケーブルで弄ぶ者や、クスリで複数人で相手をさせるグループも居た。

 それらを眺めて和気藹々と談笑する者たちもいれば、我関せずを貫いている者もいる。


「……ふん……」


 漫然と突っ立っていては怪しまれるため、人の形をした獣たちの横を通り過ぎ、比較的静かな空いているスペースに腰を下ろす。


「随分と辛気臭い雰囲気の奴が相席になったもんだな」


 そんな風に声をかけてきたのは、左右に女奴隷を侍らし酌をさせるスーツに金色の刺繍を入れた男だ。

 指には宝石がついた指輪。腕には高級ブランドの時計。靴は丁寧に磨かれた革製。絵に描いたような成金装備に身を固める男はこのゲームでも有名な人物の一人、高利の金貸しにして資金洗浄屋。プレイヤー名、エルゴックス。その人だった。




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