第3話:闇市場

 BUOの第六区は雑多に入り組んだ迷路にも似た区画となっている。

 色々なモノが流れ着き、人にせよ物にせよ不思議なほど溢れ返るように集まっていく。

 まるでそれはゴミ捨て場や吹き溜まり、スラムなどと現実リアルでは揶揄されそうだが、このゲームにおいてはそんなことは無い。

 一見すると無秩序に建てられた建造物には幾つもの店が入り、商いをする者たちが客商売に精を出している。

 その業態は様々だが、残念ながら風紀という言葉はトイレに流されて久しいものばかりだ。

 違法薬物の売人や風俗への呼び込みキャッチ。誘蛾灯のように金づるを引き寄せて捕らえる様はハエトリグサの食事のようでもある。

 そんな街の一角の小さく目立たない定食屋の席にて、情報屋のインフォという女から話を聴いていた。


「噂の白死と話が出来るなんて光栄だよっ。仲間に自慢していい?」

「貴女の最期が仲間に記事にされたいなら構わないわ」

「おお怖い。クールだねぇ。それじゃあモテないでしょ? 私のモテテク教えてあげよっか?」

「それはどうも。お礼にこの街の流儀を身体に教え込んであげましょうか? 四肢切断されて路地裏に放り投げられる奴が一か月で何人いるか知ってる?」

「昨月は7人くらいかな。まあ乙女の会話はこの辺でいいっしょ」


 インフォは注文していた骨付き肉を食べ終え、食後のコーヒーを啜りながらゲームでは珍しい紙媒体のメモ帳を取り出した。

 自分にもしものことがあったときに、自分が手にしている情報を全て燃やすのに簡単な道具なので情報屋たちはそれを愛用しているらしい。

 情報屋にとって生命線をパラパラとページを捲りながら頷きパタンと閉じてストレージに戻す。


「おっけーオッケー。それなら定型文お決まりといきましょう。お客さんの知りたいネタは何だい?」

「ナイアフィリンについて。それとスカルド商会に変わったことは?」

「ほうほう。獲物は薬物ですか? それにスカルド商会といえば闇市場の支配者なのは知ってるでしょうに」

「だからこそでしょう。大店の変化を知らずに乗り込むなど正気の沙汰じゃない」


 この第六区の事実上支配者として君臨する大店のスカルド商会は非常に手広く商売をしている、とマイルドな表現では済まされない。

 この第六区で商売をしようとする者はスカルド商会に断りを入れなければ数時間後には店は爆破され、店員は女性ならばポルノに。男ならばスナッフ行きという末路を辿ることとなる。

 死ぬまでの苦しみによってどれだけ商品価値として提供出来るか。それだけを要求されるのであれば、痛みはあれどさっさと始末された者たちはどれだけ救われているか初心者は知る由もなかった。

 以前何も知らない初心者が偽善者に騙されて店を構えたところ、のちに映像商品として彼ら自身が売られることになるとは思いもしなかったに違いない。

 情報にせよ武器にせよ財力にせよ、あらゆる弱者はこのゲームでは商品か食い物にされるのが典型的な最期になってしまうのだから。


「なるほどなるほどぉ。慎重さと大胆さを兼ね備えなければ、路地裏の暗闇に溶け込むシミのように打ち捨てられてしまうということですね。それ、私の座右の銘にしてもいいです?」

「ご自由に。記事にしたら貴女をすり潰すけれど」

「ハハハッ。ではここからは商売のお話をしましょう。ナイアフィリンとスカルド商会についての情報はあります。ナイアフィリンの出品場所。出品者。効果。スカルド商会についてのキナ臭ぁいウワサですかね? 幾ら出せます?」

「五十万IGC。信憑性がある情報なら上乗せで二十万IGCを出す」

「えぇ~……私を信用してくれないんですかぁ?」

「貴女の情報もひとつの情報に過ぎない。情報を鵜呑みにする莫迦は地獄に落ちるものよ」


 何度か顔を合わせたことがある相手だとしても信用することなどこのゲームにおいて出来ない。

 詐欺師は相手の警戒心を解かせることが最も困難な仕事だ。相手から信用という油断を手にすることができれば、どんなゴミを売っても相手は喜んでしまう。

 知らない相手からの贈り物は警戒するのに、気心知れた相手からの贈り物は無警戒で貰うのと同じこと。

 それが、開いた瞬間に爆発する爆弾だったとしても。


「なるほど。私はまだ信頼を勝ち取れていないようですねぇ。では今回は先行投資と考えましょう。ちゃぁんと有益な情報ですよ?」


 ニコニコと笑みを貼り付けてインフォは空中に浮かぶモニターに金額を提示し、上限一杯の七十万IGCを要求する。

 それほどまでに自信を持つ情報の価値は、値千金の命綱になるかもしれないことを考えれば出し惜しむ金額ではないため即金で振り込む。


「はいはい。振り込み確認しましたよ。これで安心して情報を渡せますね」


 空中モニターを出しメニューからデータが転送されたのを確認する。

【情報ファイルA】と名前付けされたデータを開けば、注文通りの内容が書かれていることを確認する。

 中身の精査は後でもいいが、まったく違うゴミファイルを渡されてはたまったものではない。

 ざっくりと一読していくと、今回の獲物の出品場所に気になる一文が書かれていた。


「オークション?」

「そうでぇす。今回は見つかったばかりのアイテムってことで競売にかけられることになったのです。ですがにナイアフィリンを手に入れようとしたら金額は最低でも四百万IGCを超えると思いますねぇ」


 情報屋が推測する値段は最初に提示された依頼料金の倍額に相当し、明らかに依頼料金の額が少なすぎたことに怒りが込み上げる。

 質のいい薬物作りで収益をあげている薬剤師ハーヴェイだが、研究のために金使いが荒く用意できる金額が少ないのはいつものことだ。

 しかし今回の依頼は明らかにこちらを下に見ているのは間違いないと察し、報復はのちに確実に行うと記憶しておく。


「……確認した。情報感謝する」

「まあまあ。そう急がないでよ。実はとっておきの情報もあるんですよねぇ? 非常に、個人的に、超オススメできる商品なんですけどぉ……」


 席を立とうとするとインフォはこちらの興味を引くために、わざと内容をハッキリとは言わずにコーヒーを飲みながらこちらの反応を窺っていた。

 先程の薬物の情報は彼女にとって前座。まずは対等に話し合える相手だとこちらの信用を得ようという魂胆だったのだろう。


「……怪しい壺も数珠も情報も要らないわ。私が欲しいのは確実なものだけよ」

「ホントにそうですかぁ? 例えばぁ……現実の犯罪に関わる内容とか、っ!?」


 インフォが開いていたモニターを突き破り、操作していた人差し指にひんやりとしたテーブルに置かれていたナイフの刃があてられる。

 引き切ってしまえば彼女の指は頼んでいたブレックファストの食パンの上に落下することになるが、返答次第では容赦なくそうなるが彼女インフォは大して気にしていなかった。


「ナイフ、返して貰えると嬉しいんですけど? ご飯が食べられないじゃないですか?」

「痛い思いをするのも美味しい思いをするのも貴女次第よ」

「剣呑ですね。それでは貴女が現実での行方不明者の情報を集めているというのは本当のようですね」

「なら知ってる? デマ情報を渡した奴らがどうなったのかを」

「ええ知ってますよ。デマ情報を流した情報屋とグルだったPK集団が壊滅となった事件ですね。情報屋一名と十三名のPKは一人の襲撃者によって全滅。PK集団のリーダーと情報屋は地獄の苦しみを味わったあとにアカウントを剥ぎ取られ、文字通りデジタル世界では全てを失ったようですね。彼らのその後とか……興味あります?」

「無い。どうでもいい。奴らがネット廃人からリアル廃人になったとしても私の心は傷まない」


 このゲームの参加者は大なり小なりロクデナシしかいない。他のゲームならばすぐに通報されてゲーム外へと投げ出されるであろう者たちだ。

 誰かが損をすることを喜び、自らが得するためならば手段を選ばない。

 PK行為とてルールにある以上は認められているのだから、初心者狩りなど朝食後の運動程度の認識だった。


「奴らのような連中は幾らでもいる。蚊を叩き潰して心が痛むとでも?」

「流石は名うての傭兵である白死。子供のお使いからPKKまで何でもするお方ですね。いったい何人が貴女の手にかかったことでしょう?」

「興味がない。それでもこのゲームの参加者は減らないから」

「お金を稼ぎたい連中は幾らでもいますから。手段は問わず、ね」

「……同じ穴の狢か。貴女も死ぬまでゲームを抜け出せないようね」

「どうでしょう? それより私のとっておきの情報に興味はありませんか? 仮に私が持っている情報が本物だとして、お値段はどの程度です?」


 空中のモニターが消え、彼女が変わらず指差す先には私の顔がある。

 交渉へと話を進めようとする彼女の豪胆さに小さく溜息を吐き、ナイフをテーブルに置いて決まっている金額を提示する。


「当然……言い値よ。本物ならね」


 最初から決まっている額を提示すれば彼女はニヤリと笑みを深めた。

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