第1章:~White death~ 白死
第1話:幸せの終わり
こんなにも世界が腐っていることに気づいたのは、ほんの一年前程度でしかない。
今にして思えば随分と甘やかされ、守られ、図に乗っていたに違いない。
「あれー? 今日はお兄ちゃん帰ってくるんじゃないのー?」
リビングに置かれたソファに寝転びながらスマホを弄りつつ、19時を過ぎて腹の虫が暴れ出しそうになるのを感じながらお母さんに話を振る。
「そうねぇ。いつもなら帰ってくる時間なんだけどねぇ。
「なんにもー」
年越しも終わり、お正月を家族全員が揃って過ごしてから二週間が過ぎようとしていた晩のこと。
明日は私の成人式ということもあってか、母は前祝いとして今から御馳走を作ろうと下準備をしてくれている。
明日の成人式後は友達と一緒に成人を迎えての最初の飲み会をしようと約束しており、家に帰るのが遅くなるからだ。
しかし御馳走を作ってくれていても役者が全員揃わなければ祝い事は始められないのに、父が早めに帰宅してくれたというのに兄だけはまだ戻っていない。
「お父さんは何か聞いてるー?」
「いいや? 特に何も聞いてないなぁ」
父はテレビのニュース番組から手元のスマホへと視線を移して確認して母の質問に答えたが、どうやら父のほうにも連絡は無いらしい。
昨日のうちから話は通してあり、普段はいつも同じ時間に帰ってくるほど同じルーティンで生きている人が今日に限って遅いとはどういうことなのか。
位置情報のアプリを起動しようとした矢先のこと―――
ピン、ポーン
―――家のインターホンが鳴らされる。
誰かの荷物が届いたのだろうと母がパタパタと駆け足でモニターを確認しに行くのを見ながら、位置情報アプリを起動する。
家族全員が念の為入っているアプリは昨今の優秀なGPSによって動いてるアイコンの下には速度も表示されて電車や車、または徒歩なのかも分かる。
さすがに時間も時間なのだから帰って来ている最中なのだと思うけれど、いったいどこで油を売っているのか突き止めておかなければならない。
「う〜ん? 変ねぇ。誰も居ないわね」
「イタズラじゃないのか?」
「こんな時間に?」
「それともインターホンが故障したとか? まあ十年以上使ってるしなぁ」
父と母の声がリビングに響くなか、私はアプリを開いて両親の質問の答えを知る。
「あ、お兄ちゃんっぽい。外に居るの」
「えぇ? どうしてお兄ちゃんがインターホンを押すのよ? 鍵を忘れたのかしら?」
「あぁ、いつもの癖で鍵閉めたなぁ」
「お父さんもお兄ちゃんもダメダメじゃん。私が開けてくるよ」
ため息をこぼしつつソファから身体を起こしてリビングを出ていく。
父の謝る声を背にして玄関の2つの鍵を開けて扉を開けると、そこには誰もいなかった。
「……え?」
暗くなった外の世界を遮る兄の姿はどこにも無く、しかし手に持ったスマホの画面に表示されている兄のアイコンは自分のアイコンと重なるように存在する。
ただその時、下を向いた私が見たモノが何なのか解らなかった。
見覚えのあるスマホが握られたままの、切断箇所から血溜まりを溢れさせる腕を見ても。
「い、いやぁあああああああああああっ!」
それが自分の口から出た叫びだとも解らないまま、尻餅をついて後退る。
一瞬で脳裏に焼き付く無理やり引き千切った骨や肉の切断面から溢れ、玄関前を赤く染めていく様から少しでも遠ざかりたかった。
ドタドタと何事かと両親の足音にさえ反応できず、父の肩を掴む手さえも怖くなり振り払う。
玄関
両親の困惑顔すら今の私にはハッキリとは理解できておらず、意を決した父が玄関を開けてそれを発見してから母の叫びが夜へと吸い込まれていく。
成人式の前日。
私、鮮華鈴羅の兄は腕とスマホだけを残して行方不明となった。
それから二日ほど経過していたことを自覚したのは私の部屋にあるパソコンに、一通のメールが届いたころだった。
自宅に来た警察の事情聴取や成人式のこと、友達との約束や心配する連絡さえも他人事のように感じて部屋に引きこもっていた。
だからこそ気づけたのは不幸中の幸いだったのか、それともさらなる不幸への手招きだったのか。
パソコンは兄からの成人の贈り物としてそれなりに高価な使用となっており、デスクトップ型で物好きな兄が自作したパソコンとなっている。
基本的に大学の資料作りにしか使っていないのにオーバースペックだと言ったが、低いより高いほうがいいと言って話を聴かなかった代物だ。
出来れば携帯性に優れた物のほうが良かったのだが、とずっと昔のように思える出来事を思い出しつつメールを開く。
「動画と……URL?」
【動画1】とだけ題名が書かれた動画と、異様に長く文字化けしているURLがメールが送られてきた。
添付された動画をクリックするかどうか迷う。明らかに怪しい詐欺メール見え、これほどシンプルなものは見たことがないくらいだった。
広告も美辞麗句な文言も無く、シンプル過ぎるメールは半ば自暴自棄になっていたの私は消さずに動画を開いた。
「……なにこれ?」
およそ十秒間、真っ暗な映像が流されてからゆっくりと天井から吊るされた水銀灯が灯される。
今はもう話の中でしか聞かないような灯火は、LED世代にとっては故障としか思えないほどゆっくりと点き、その真下に在るものを照らし出す。
それは、椅子に縛り付けられた見慣れた兄の姿だった。
「お、お兄ちゃん!? どうして!?」
椅子に縛られた兄は意識が朦朧としているらしく、近くに群がるバットなどの武器を持った男たちに髪を掴まれて顔を上げさせられる。
その顔には頭から流れる血が滴り落ち、衣服はボロボロ。服の隙間から見える身体には内出血の跡が見える。
「『おいおい。こんなんで意識が飛ぶなんてらしくねぇなぁ?』」
「『ぐひっ! ぐびひっ。お薬り、必要? 必要?』」
「『俺もさ、俺らもさ。クスリが要るんだ。病人なんだよぉなぁ?』」
「『ぴーぽーピーポー! 緊急警報緊急警報! シャブシャブの煮付けが太平洋を覆い尽くしましたっ! 皆様奮ってご参加ください! ぴーポーピーぽー』」
完全に頭のおかしくなった者たちが兄を縛り付け脅している様は現実感など微塵も感じられない。
出来の悪い映画や漫画を見させられているようだが、比較的理性が残っている男が兄に詰め寄る。
「『俺たちはよぉ。ただあそこに戻りたいだけなんだ。ただそれだけでイイんだ』」
「「「『BUO! BUO! 俺らの世界! 俺らの楽園!』』』」」」
「『そうさ、そうだともよ! 俺らの世界はあそこしかねぇんだよなぁ!? BUOしかよぉ! 俺も待たせてる女が居るんだよぉ……ちゃっちゃと吐けよなぁあ!?』」
ニヤニヤと嗤っていた男たちは血塗れの兄を中心にし、まるでキャンプファイヤーをしているかのように盛り上がる。
気が狂っている自分勝手な奴らにこちらの気が狂いそうなほど怒りが湧き上がる。こんな奴らにどうして兄が襲われなければならないのか。【BUO】という謎の言葉に疑問を抱く暇すらないほどの怒りの火が燃えていた。
「なに。なんなのコイツらはぁ……っ」
録画された動画に何を言ってもあちらに影響は与えないが、見ている側には不快感を提供する悪質な代物でしかなかった。
何かを要求する訳でもなく、ただこちらを不快にさせることしか考えていない動画は最後になって最悪の予想させるものが映される。
錆びついたノコギリを手にした男が兄へと近寄る姿が映し出され、そして動画は終わる。
「ふ、ざけんなぁあ!!」
机を叩く。叩く。叩く。
その音は大きく、階下にまで響いたのか家に居た母が駆け上がって扉をノックするまで気づかなかった。
「鈴っ!? 大丈夫!? なにかあった!?」
「……なんでも無いっ! 入ってこないでっ!」
ドス黒い怒りを何とか呑み込みながらも、母の心配な声にキツく当たり散らすかのように答えてしまう。
こんな怒りの鎮め方など知らない。湧き上がる何かを言葉に纏める方法を知らない。この衝動に名前を付けられない。
ただ、間違いなく怒りの種だけは心の中に植え付けられていた。
扉の前から母の足音とともに去っていくのが分かると、メールに残っているもう一つのものも気になりだす。
もしかしたらそれこそが最大の手がかりかもしれないと思うと、指は頭で考えるよりも先にそのURLをクリックしていた。
「……BUO」
画面に映し出されたのは広告動画。
ネオン光や先進的でありながら排他的、また猥雑で混沌とした雨が降る街並みを描くゲームの世界。
近年では某国の有名企業が作り上げた
仮想空間では多国間の交流もデジタル通貨での売買も、世界中の大学の授業や専門教育も受けられるが、若者にとってはそれよりも人気を博すものがある。
人気小説などで有名となったVRMMOが数多く存在するが、当時の私が知ることはなかった話だが、一部のマニアではインターネット上の都市伝説、ネットロアになっているゲームが存在する。
曰く、それは非合法な者たちが作り上げた最高最悪のゲームであるが入手方法は分からない。
またそのゲームは現実世界では違法でもゲーム内であれば違法ではないと謳い、しかして違法トレードや違法電子ドラッグ、売春なども日常的かつ頻繁に行われる成人向けコンテンツであり、三日間ログインしないとゲームが自動的に完全消去されるのだという。
それこそがBUO。
そんなゲームに足を踏み入れ、幾つかの幸運と悪運の強さとともに私、鮮華鈴羅は半年の間で有名プレイヤー、【白死の訪れ】として恐れられるプレイヤーとなっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます