第10話

 家族を絶対に起こさないように、私は普段よりも慎重に家を出た。扉は最後まで手を添えて、ドアが金属と擦れる音さえ出させないようにする。


 パタンッと音さえ聞こえないほどの力加減で扉を閉めて、私は振り返った。


 満月が、空に昇っていた。完璧な球体である、銀色の満月が。


 月の光が強いせいか、今夜はさほど暗く感じない。むしろ、仄かな薄い銀色を纏う街が幻想的に輝いて見えた。


 静かな、穏やかな世界。まるで、人が誰もいなくなったみたい。本当にそんな世界になったらいいなぁ。


 人のいない、そんな場所だったら、死も苦しみも心の痛みも何も感じないのかなぁ。


 なんて、そこまで考えて頭を振った。


 よそう。こんな、願っても縋っても叶わない願望は。今の私にやるべきことは一つなんだから。


「行かなきゃ」


 私は走り出した。あまりにもゆっくりと歩けば、誰かに見つかってしまうかもしれない。


 それに、朝はいつも早い。私よりも先にいることが当たり前。彼がどれほど待っているのか分からない。だからこそ、待たせたくなかった。


 ああ、背中が重いな。振動が伝わるたびに、背後でもの同士がぶつかり合う音が響く。


 朝が「どこか行こう」って言うから、色々持って来ちゃった。多分、使わないだろうけど旅だったら必要になるもの。それが、背中のリュックに入っている。


 そのせいか、今日は体が重く感じた。故に、走る時もいつも以上に体力が奪われる。


 それでも、私は走る。息が上がろうと、汗が吹き出ようと関係ない。


 夜でも、やっぱり夏は蒸し暑い。それを、改めて実感しながら足を運んでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る