第4話

カァーカァー

 

 どこからともなく聞こえてくる、カラスが寝ぐらへ帰る鳴き声。

 

 空は真っ赤っかに染まっていた。炎を絵の具にしたような色に。燃えるような美しさが、西の空を覆っていた。

 

 対して、東の空は暗かった。深海の藍で染めたかのような色。余りにも濃過ぎて、地味に瞬いている星がやけにはっきりと見えた。

 

 明るい昼と、暗い夜の淡いの時間。


「…もう、夕方?」

 

 我に返った私は、面食らった。

 

 二つの時間の、丁度間である、オレンジ色に重なる空の下にある通学路に立っている自分に、ひどく戸惑った。

 

 何故、こんな時間なの?


 ついさっき、学校に向かうべく、家を出て通学路で足を進めていたと思ったのに。

 

 何故私は、通学路の、丁度真ん中で突っ立っている?

 

 ここは、私の家から学校までの距離の、中間地点だ。歩道に沿って並ぶ球体の街灯、車道と歩道を分ける垣根であるツツジ、2車線の道路。

 

 間違いなく、今までうんざりするほど通ってきた道であった。見慣れている場所だからこそ、時に怖くなる。

 

 それに…と、私は自分自身を見下ろした。

 

 何故私は、制服じゃなくてジャージを着ているの?

 何故私は、学校側ではなくて家側に爪先を向けているの?

 

 自分の状況を知れば知るほど、記憶と現実が噛み合わないむず痒さにもどかしくなる。

 

 私は今まで何をしていた?

 どうしてこうなった?

 

 目を瞑り、混乱してきた脳みそを回転させて、今日という日に何を見たのか、記憶を蘇らせる。

 

 朝、脳内に浮かんでいる私は、ちゃんと決められた道を通って、学校に向かっている。寄り道もせず、ただひたすらに前を向いて、一心不乱に足を動かしている。そして、何事も無く校舎についていた。

 

 当たり前のように上靴に履き替えて、自分の教室に行く。肩車している男子や、群がっている女子の間を縫って、「預幡あずはた夜」というネームプレートが貼ってある席に荷物を置いている。


 そして、ぱたっと着席すると、今度は青空が映った。どうやら、ぼーっと空を眺めていたらしい。

 

 しばらく快晴の空の映像が続き、その後は先生が入ってきた。ホームルームを行なって、つまらない授業を受ける私が、記憶の中には居た。

 

 なるほど、そういうことか。

 

 私は、硬く閉じていた瞼を開いた。

 

 さっきまで目に写っていた教室はどこにもなく、視界が捉えた景色は、車が一台、颯爽と通り過ぎていく道路に戻っていた。

 

 どうやら私は、しっかりと今日という日を過ごしたらしい。ただ、つまらな過ぎて忘れていただけ。

 

 授業を受けて、給食を食べて、掃除をして、そして今に至る。何も、普通の一日を終えていただけのことだった。


「また、無駄に過ごしたな…」

 

 吐き出した声は、意外なほど重く、か弱かった。

 

 なんだか、前にも同じ場所で、同じことを呟いた気がする。つまり、同じ誤ちを、また繰り返してしまったということか。

 

 私は、心に溜まった全ての感情を吐き出すように、深く深くため息をついた。口から息が漏れ出たことにより、幾分か体が軽くなった気がする。

 

 でも、それは心が楽になったからではなく、単に何もない空っぽの状態と化したから。自分は呼吸するたびに、中身が抜けてきて、ダメな人間になっていくと感じた。

 

 そして、人生も、生きていることすらもダメになっていくんだろうな…。

 

 考えを深めるたびに、ネガティブな思考になってしまう。

 

 そんな自分に嫌気がさして、もう一度ため息をついた。そして、ついさっきまで歩いてた気がする通学路を、戻っていった。


 

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