第23話 帰還

「天道くん。まずはありがとう。助けてくれて嬉しかったわ」


 ヘンテコ動物を倒してその死体を3人で眺めていると楓が頭を下げてきた。


「いや、もっと早くに来るべきだった。……足の事もあるし早く戻ろう」


 弓を杖のように立っているが見てるこっちが痛い。それくらいの怪我を楓は負っているのだ。


「傷のことは気にしなくてもいいわ。ポーションを飲めばこれくらいなら治るもの」


 俺はそれを聞いてびっくりした。


「ポーションで治るの!? ……楓、ゲームと現実は違うぞ」


 一瞬そんな話を信じてしまったが楓はゲーム中毒者のようだ。そんな夢のような話があるわけないだろ。

 

「……天道。ポーションを飲めば本当に傷は治るぞ。一本一億以上するがな」


 何故か額に青筋を浮かべている楓の代わりに風音が教えてくれた。


「いちおっ!?」


 一億ってそんな額が普通の会話で出てくるなんて。

 ……風音はこんな時に冗談なんて言うタイプでもないし本当っぽいな。


「そんなことはどうでもいいのよ! なんで天道くんはこの化け物を倒すことができたのかしら?」


 俺としては一億の話はどうでも良くないんだけど、楓は俺のことが気になるようだ。


「えーと……聞いても驚くなよ?」


「目の前でこんな事があったのよ? 今更驚くと思う?」


 と言われてそれもそうかと思いながら俺は口を開いた。


「実は俺、上級ダンジョンじゃなくて禁忌級のダンジョンに落ちたんだよ」


「は?」


 あれ? 聞き取れなかったのかな?


「だぁかーら! 俺は禁忌級のダンジョンに落ちたの! そんでそこから這い上がってきた!」


「えー!?!?!?!?」


 と大声を上げて驚く楓。驚かないって言ったじゃん。

 風音を見ると風音は首を横に振っていた。


「ちょ!? それどう言うことよ! ちゃんと教えなさい!」


 楓は足が折れている事を忘れているかのように俺に迫ってきた。

 それから俺は楓に事情を話した。所々風音が追加で説明してくれたので話しやすかった。



「と言う事なのでみんなには黙っててください」


 そう言って両手の手を合わせて頭を下げる。


「……分かったわ。天道くんには助けてもらったしこの事は黙っているわ」


 おぉ! やっぱり楓は黙っていてくれるようだ。


「ありがとな!」


「はぁ、お礼を言うのはこっちよ。もうダメかと思ったけど天道くんが来てくれたから助かったわ。……ありがとう」


 楓はお礼を言うのが恥ずかしのか顔を赤くしている。


「おう! 気にすんな!」


 親指を立てて返事する。


「……ところで天道。このモンスターは一体なんなんだ? 昔戦った事があると言っていたが……」


 先程からヘンテコ動物の死体を見ていた風音が真剣な表情で聞いてきた。


「あぁ、コイツは禁忌級にいたやつだよ。それも下の方に居たからコイツと会うのは久々だな」


「なっ!?」


 そう言うと2人は驚いた顔をした。風音に至っては声まで出している。


「なんで上級ダンジョンに禁忌級、それも下層のモンスターがいるのよ」


 楓は頭を抱えている。


「あっ! 写真撮ったらコイツの名前とか分かったりしないかな?」


「分からないだろうな。天道、お前は私達人類が禁忌級のダンジョンをどこまで踏破しているか知っているか?」


 確か勉強していた時にチラッと見たような気がする。


「えっと、10層だっけ? 10層にいたユニコーンか何かに負けて帰ったんだったよな」


 そんな事を書いていたはずだ。


「ならさらにその下にいるモンスターの事が分かると思うか?」


「あっ」


 分かるわけがないか。それから先は未知の世界だもんな。


「分かったようだな」


「じゃあさ一応写真だけでも撮っておいた方がいいんじゃないの?」


 どんなモンスターかは分からないにしてもこのモンスターの写真くらいは残しておいた方がいいだろう。

 俺達はこのダンジョンに調査に来たのだ。最下層にボスが居たということくらいはちひろに教えた方がいいだろう。


 俺がそう言うと楓が頭痛を抑えるかのように手を当てた。


「それをすると私が黙っている意味がないじゃない。ちひろさんにこのモンスターの事をなんで説明するつもりなの?」


 ……そこまで考えていなかった。


「えーっと、新種?」


「強さについてはどう説明するのよ。弱かったって話すつもり? そんなことしたら今回みたいな事が起こった時に間違いなく死人が出るわよ」


 うっ、的確すぎて何も言い返せない。


「…………」


 俺は言い返す言葉もなく楓から目を逸らすのだった。


「このモンスターについてはこのまま放置するのがいいだろう」


 風音の言う通りにしてもいいと思うけどそれだと……


「それだと後でここを調査する人が来たらバレるんじゃない?」


「それなら大丈夫だ。ダンジョンのモンスターは死後24時間が経過すると消滅するからな」


 な、なにぃ!? 知らなかったぞ!

 だから禁忌級にいた時に食べるようで置いていたモンスターの死体が無くなっていたのか!

 てっきり他のモンスターに食べられたんだと思っていたけどそうじゃなかったのか!


「……その顔は知らなかったな。ここもテストに出る範囲だからな明日からはもっと勉強するぞ」


「うっ……分かりました」


 嫌な事を思い出してしまった。……明日からも勉強か。


「ぷっ、ぷはははは」


 と突然楓が笑い始めた。


「ど、どうした?」


 俺は困惑してしまう。何が理由かも分からないのに笑い始めた楓が怖い。


「ふふ、あんなに強い天道くんが勉強って言葉を聞くと嫌な顔をするのが面白くてね」


 と言ってイタズラな笑みを浮かべる楓。


「……勉強が好きなやつなんていないと思うけどなー」


 うん。勉強が好きなやつなんてこの世にいるのだろうか?

 俺は小学生の時から勉強はあまり好きではない。頭を使うより体を動かす方が好きだ。


「そう? 私は勉強好きよ。やればやるだけ結果が出るもの」


「うむ。私も勉強は好きだな。努力が形となってあらわれるからな」


「……むー、そりゃ2人が変わってるだけだろ俺友達も全員勉強嫌いだったし」


 俺がそういうと2人の目が光った気がした。


「ほう? 私が変わっているというのか?」


「面白い冗談ね、天道くん」


 2人とも笑っているが目が笑っていない。むしろ目が完全に怒ってる。


「うっ、冗談だよ! ほら、さっさとここから出るぞ!」


 と言って俺は無理やり話を変える。


「無理やり話を変えたわね」


 ジト目で楓から睨まれる。


「な、なんのことかなー? ほら、早く帰ろうぜ」


 俺はそう言って楓の前で背中を向けて腰を下ろす。


「……何をしているの?」


 俺の格好を見て何をしているのか分からないと言った様子で楓は尋ねてきた。


「なにって見たら分かるだろ? おんぶだよ。そのままの状態じゃ歩く事ができないだろ?」


 ほらっと言って手を構えるがなかなか楓は乗ろうとしない。


「嫌よ! この歳にもなっておんぶされるなんて恥ずかしいわ!」


 と突然駄々をこね始めた。何が恥ずかしいんだ? おんぶくらい普通だろ?


「早くしろ冬月」


 風音も早く帰りたいのか楓に文句を言っている。


「いやなものはいやよ!」


 わがままか! たくっ、仕方ないな。


「な、何よ……」


 楓の前に立つと楓は困ったようにそう言って何故か顔を逸らしている。


 俺はそのまま手を伸ばして楓の脇に手を突っ込んで持ち上げた。

 俺が穴に落ちる前に小1のいとこにこれをやってあげたら大喜びだったな。……懐かしいな。


「じゃあこれでいいな?」


 風音の時みたいに怪我人を脇に抱えるのはどうかと思うしな。


「どどどどど」


 と楓は壊れた機械のようにどを繰り返し始めた。


「ど?」


「どこ触ってんのよ!」


 べシンっと俺の顔にビンタが綺麗にささる。この程度のビンタではどうということはないけど楓は怪我人の自覚があるのだろうか?

 もしも衝撃で手を滑らせたらどうするつもりだ。

 ビンタの勢いで顔が横を向き風音が視界に入った。風音は何故かやれやれと頭を抱えていた。



「今度あの持ち方したらタダじゃおかないかないわよ!」


「……はい」


 結局あれから楓の持ち方はお姫様抱っこに落ち着いたのだが帰り道にずっと睨まれる事になるのだった。

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