宿毛さんの憂鬱

宿毛さん

第1話

幸せになりたくないのか? と、訊かれたらほとんどの人がそんなことはないと答えるだろう。

だが、幸せになりたいか? と、訊かれてもそんなことはないと俺はきっと答えるだろう。


……などと、人生観なんぞに思考を巡らすことができるのも、このやたらと寒い中外に立っているせいで頭が冴えてしまうからであり、年の瀬のクリスマスが目前に控えた町独特の雰囲気———誰もかれも少し浮かれて幸せそうな―――が、幸せについて考えさせるのだろう。

そうだ、きっとそうに違いない。

道行く多くの人たちは無暗に飾られた電飾の明るさに負けず劣らずの明るい顔をしており、町中ではベルや呼び込みの声が響き渡る。同年代の多くのやつらはきっと今頃彼氏や彼女と愛をささやきあっているのだろう。幸せなもんだ。

「ぬわああああ、明後日はクリスマスだぞクリスマス。だってのになんで俺には彼女がいねえんだあああああ!」

左隣の野郎が声を上げる。夕ラッシュの駅のホームにいるのに傍迷惑なもんだ。

ちょっと相手してやろう。友人たるもの、迷惑は防止せねばならない。

「なんだ、バカ新宅。駅のホームでうるさいぞ」

「んなこと言ったってよお、この状況を受け入れられるか?

明後日はクリスマスだぞクリスマス。俺たち学生は明日明後日と恋人とイチャイチャするのが定石ってもんだろうが」

んな定石は知らん。

「にもかかわらず、だ。俺は今年も彼女無し。もうこんな人生飽き飽きなんだよ。

俺だって可愛い女の子を彼女にしてクリスマスを楽しく過ごしたいんだよ

なのになんで野郎3人でクリスマスの電飾を見て帰らなきゃならんのだ」

「あっはははぁ……ま、仕方ないんじゃないの?」

右隣のやつが反応する。こいつも俺のツレだ。

「一人寂しく帰るよりは、男同士仲良く街中を散策して帰った方が楽しいじゃない。

ぼくは楽しかったよ? 2人と一緒にうろうろするの」

「お前は良いよなあ、三河。そのお気楽さを俺も見習いたいもんだよ」

「そんなにお気楽じゃないと思うんだけど……

それよりもさ、さっきから神妙な顔してどうしたのさ」

んあ?俺の事か

「そうだよ。さっきはあんなに楽しそうだったのに、駅のホームに立ってる今はそのテンションはどこへやら。苦虫を嚙み潰したような顔しちゃってさ。新宅もそう思わない?」

「なんだあ? お前も彼女がいない悲しみを味わってたのか? それとも、俺たちの目の前で特急がいっちまったのがそんなに悔しかったのか?」

そんなことで苦虫を嚙み潰すことになってたまるか。

「そんなわけないだろ。第一、一本見送ろうっていったのは紛れもない俺なんだ

それなのに悔しがってたら変だろ。それに、お前と違って俺には彼女が出来る見込みもないし、出来たら困る」

「出来たら困るって……変なこというな、お前。三河もそう思うだろ?」

「んー、まあその気持ちちょっとは解るかも。」

「ったく、三河お前もか。これだから最近の若いやつらは草食系だのなんだのと言われるんだよ。」


「お待たせいたしましたー、まもなくー、4番ホームに特急が到着します。

ホームドアからはなれてお待ちください。整列乗車にご協力をおねがいいたします。

この電車はー、終点まで先の到着でーす。」

駅員のアナウンスが響き渡る。その声がする方を見ると、煌々と光るヘッドライトと目が合った。率直に言おう、かなり眩しい。

「やっと来たぜ。俺たちは最前列だから流石に揃って座れるだろ。

ほら、いつまでもボーっとしてないで席取り合戦の準備をしろよ。こういうのは最初の準備が肝心なんだよ。」

「別にボーっとしてたわけではないんだが……」


特急と普通を乗り継ぎここから最寄りまで凡そ一時間。それなりに長い帰宅も、たまには友人とでも悪くはないかもしれない。

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