123 大事件である


 お兄ちゃんの前世は猫である。私の名前は広瀬ララ。


「え……お兄ちゃん、なに言ってるの……」


 甲子園の決勝後、ジュマルのインタビューに球場が悲鳴に包まれるなか、私は立ち尽くしていたのであった……



  *   *   *   *   *   *   *   *   *



 時はさかのぼり、甲子園の開幕試合。いつもはジュマルとは絶対に勝負しない相手校のピッチャーが何故か全打席勝負して、全打席ホームランで幕を開けた。


「どうしたんだろう……」

「あ、インタビュー始まったよ」


 私が難しい顔をしていると母親がスマホを差し出したので、家族で覗き込む。


「わあ~。男だね~。いや、武士??」

「武士は褒め言葉かどうかわからないけど、心意気はカッコイイね」

「ああ。久し振りにジュマルのホームラン見れたな~」


 インタビューでは、ピッチャーが監督のサインを無視して勝負したと言っていたので、広瀬家はベタ褒め。周りの観客も同じように見ていたのか、相手校の名前や校歌が響いている。

 どうやらチームメートで話し合い、これでジュマルと戦うことは最後だからと勝負したとのこと。どうせ負けるなら悔いなくやりたかったそうだ。


 そういえば退場間際に、相手チームがジュマルに集まっていたな。アレはこれから期待しているとか夢を託していたのかもしれないね。


 1試合目はジュマルは5回からの登板だったから10対2と失点はあったけど、相手チームは晴れ晴れした顔で凱旋したそうだ。



 初戦は大差で勝ったから、次からはさすがに敬遠策をして来ると思ったけど、それからも勝負して来る学校しかいない。みんな同じ気持ちだったみたいだね。

 もしくは、ブーイングに「ピッチャービビってるぅ~」ってヤツか? まぁ、うちと当たった学校は負けても笑顔だったから、前者だろう。

 ちなみに高校球児から何を言われていたかとジュマルに聞いたら「覚えてへん」とのこと。なので大翔ひろと君に聞いたら「プロを楽しみにしてる」と言われてたって……それぐらい覚えておいてあげて!


 そんな感じで試合が続くのだから、ジュマルは全打席ホームラン。ピッチングは三振だけ。恐ろしい記録を連日更新し、決勝戦でもやっちまった。


「完全試合に全打席ホームラン……」


 そう。ジュマルは3年間、1人も塁に出さず、ホームランのみで締めたのだ。


 この記録には、主審が試合終了を告げても観客はすぐには飲み込めないのか、甲子園を静寂が包み込んだ。


「やった~~~! お兄ちゃん! おめでと~~~!!」


 その静寂を破るのは、妹の私。大声を出して飛び跳ね、喜びを全身で表している。


「「「「「うおおおおおお~~~!」」」」」


 ジャスト10秒後に、甲子園球場を揺らす大歓声。溜まりに溜まった様々な思いが爆発して、歓声は鳴り止まないのであった……



 それから15分後、観客が大声出しすぎてぐったりした頃に、表彰式に移った。うるさすぎてなかなかやれなかったみたいだ。

 本日の主役であるジュマルは、一番後ろで関係ない顔をしてる。相変わらずだな。シャキッとして優勝旗を受け取る大翔君を見習え。


 その後、校歌が流れて口パクもしないジュマル。控え室に帰って行くと通路には記者が待ち構えていたらしく、無理矢理ジュマルからコメントを引き出していたので、私たちもスマホで見ている。


「広瀬選手、おめでとうございます。この大記録、さすがでしたね」

「大記録? なんのことや??」


 相変わらずバカな返しをしてるなと家族で肩身の狭い思いをして、記者が質問する度に私たちはどんどん小さくなっていた。恥ずかしい!

 「1個ぐらいまともに答えて~!」と私たちが祈っていたら、その祈りはついに届いたけど、まさかの答えだった……


「卒業後はプロ野球を楽しみにしています。もしよろしければ、行きたい球団などをお聞かせ願えないでしょうか?」

「プロ? ならんで」

「え……それは、プロ野球に行かずにサッカーやバスケに行くということでしょうか?」

「どれもやらん。スポーツは今日でおしまいや。大学受験するねん」

「「「「「え……」」」」」


 珍しく饒舌じょうぜつに語るジュマルの答えに、記者は頭が真っ白になって固まるのであった……



 それはスマホで見ていた私たちも一緒。甲子園球場は悲鳴のような観客の声がとどろいていた。


「え……お兄ちゃん、なに言ってるの……」


 私は今までの苦労が走馬灯のように頭によぎり、力が抜けて尻餅を突きかけたが、ここで私が折れてしまってはジュマルの将来が途絶えてしまう。歯を食い縛って踏ん張った。


「私、お兄ちゃんのとこに行って来る!」

「あっ! ララちゃん待って!!」

「僕たちも行こう!!」


 私が走り出すと両親も遅れて走り出したが、女子高生の足には敵わない。ドンドン離されて行く。

 そんな後ろを振り返っている余裕のない私は、バックネット裏を走り抜け、階段を駆け下り、関係者通路に一直線。

 ジュマルが乱闘した場合に備えてポケットに入れていた関係者パスを高々と掲げ、警備員に「通りま~す!」と大声を出しながら駆け抜けた。


「お兄ちゃん!?」


 ジュマルは記者からの質問が来なくなったから1人でこの通路に向かっていたのか、鉢合わせとなった。


「お兄ちゃん、噓だよね? 野球、辞めないよね??」

「噓やない。全部辞める」

「な、なんで……」

「大学のほうが楽しそうやん?」

「む、無理だよ! 今からじゃ無理。プロ野球行こう? ね??」

「もう決めてん。ゴメンな」


 ジュマルは目に涙を溜めて説得する私の頭を軽く撫でて、横を通り過ぎた。


「待って……」

「「「「「広瀬選手~~~!!」」」」」

「わっ。追って来た。ほな、家でな~」


 私は弱々しい声でジュマルを引き留めようとしたが、記者や野球関係者が大声で迫って来たので掻き消される。


 こうしてジュマルは、とんでもない速度で逃げて行ったのであった……

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