091 想定外である
お兄ちゃんの前世は猫である。私の名前は広瀬ララ。中学生ではなくて小6だよ?
ジュマルの部活動追加のせいで放課後は中学校ばかりに行っていた私だけど、12月にも入ると落ち着いて来たので小学校生活を楽しむ。
そうしていつものようにお風呂から上がってリビングに入ったら、両親は難しい顔でテレビを見ていた。ジュマルは母親に膝枕されてる。
「どうしたの?」
私が質問しながら近付いたら、父親が少し横にズレたので両親の間に座る。
「OM1ウィルスってのが中国で猛威を振るってるんだって」
「パンデミックになるかもって、パパと怖いね~って喋ってたの」
「あ~。私もニュースで見た。でも、前にもそんなことあったんだよね?」
「ララは賢いな~。確かに水際対策で追い返していたから、今回も大丈夫だな」
「そうだね。心配してても仕方ないか」
寝る前に少し世界情勢の話をしていたら、私は閃いた。
「でも、パンデミックになったら、ママとパパは稼ぎ時なんじゃない?」
「稼ぎ時?? あ~……そっか。学校とか企業は対応に追われるかもしれないわね。もしものために定型文ぐらい用意しておいたほうがいいかも……」
「確かにパンデミックになったら人は外に出なくなるから、ゲームの需要は高まるな……ウイルスを倒すだけの簡単なゲームでも売れるかも……」
さすがはハイスペック夫婦。私の思い付きから様々な案が浮かんでいる。でも、父親のゲームは面白くなさそうだ。
「ウイルス倒すのなんて売れるの~? どうせなら、実際に身になるようなことできないの??」
「身になる?? あっ! ゲーミフィケーションか。それ、面白いな!!」
「ゲ、ゲーミフィ……なにそれ??」
「学習ゲームって言ってな……」
ちょっとからかっただけなのに、父親は横文字連発でついていけない。なので母親に話を振ったらこちらも考え中だったので、私は自室に逃げ帰るのであったとさ。
それから冬休みに入り、いつもの家族旅行をしたり幼馴染ミーズと初詣なんかに行ったりしていたら、あっという間に冬休みが終わった。
今年からは、ジュマルの本格始動。公式戦が控えているから、私も中学校の上層部とスケジュール確認なんかもしていた。校長先生たちも、小学生がまざっていることに疑問を持たなくなってる。
まずはサッカー。高円宮杯アンダー15の予選が始まり、初戦からジュマルが度肝を抜いた。
1人で全ての得点を決めた15対5のトリプルスコアー。やや失点は多いけど、作戦通りだ。
次はバスケのジュニアオールスター。こちらも度肝を抜いたが、1人でディフェンスとオフェンスをしているのだからそれどころではない。
さらにこんなに小さいのにダンクまでやってのけるのだから、観客は湧きに沸き上がった。
試合が重ならないことを祈りながら学校総出で盛り上がっていると、スカウトの男性がやって来た。その日はたまたま私がいたから伊達メガネをかけて、校長先生と一緒に対応してあげる。
「広瀬ジュマルの代理人の、広瀬ララと申します。お名刺をいただけますか?」
「はあ……代理人??」
「はい。兄はバカなので、妹の私が対応しております。ちなみに小6です」
「はあ!?」
スカウトは私の話に驚きっぱなしでなかなか名刺もくれないので質問してみる。
「それで~……どっちですか?」
「どっちとは??」
「バスケかサッカーですよ」
「サッカーですけど……どうしてバスケが出て来るのですか??」
「現在兄は、バスケのジュニアオールスターと、サッカーの高円宮杯に挑戦中だからです。夏には野球の全国大会にも挑戦します」
「え……」
「正直言いますと、いま来られても全ての結果が出ていないから、当方も値付けができないんですよね~」
私がペラペラと断りの理由を積み上げていたら、スカウトは突然立ち上がった。
「なんてもったいないことをしてるんだ! ジュマル君は、サッカーこそ天職! 日本の宝を無駄遣いするなんて、親も学校も何を考えているんだ!!」
「……これ、3競技のスコアブックです」
「なんじゃこりゃ~~~!!」
私に説教するスカウトにジュマルのスコアブックを見せてあげたら、大声をあげたあとは何度も見返している。畑違いでも、ジュマルの異常さは伝わっているみたいだ。
「先ほど日本の宝とおっしゃいましたが、兄をサッカーだけに押し込めていいのでしょうか? それこそ日本の損失になりません?」
「うっ……」
「私たちは、兄の可能性を潰さないように行動しているに過ぎません。子供のうちはどこまでやれるかを見定めるために、温かく見守ってくれると幸いです。今日のところはお引き取りを」
私が深々と頭を下げると、スカウトは苦虫を噛み潰したような顔で出て行くのであっ……
「いやいや、この子もどうなってんの!? 小6だろ!?」
「ララさんはちょっと特別で……」
スカウトはドアを開けたところで私の異常さに気付いて、校長先生に問い
それからもスカウトはチラホラ来ていたが、全て私か母親が追い返していたら、サッカーもバスケも連勝。学校は大盛り上がりだったのだが……
「え……OM1ウィルス、世界中に広がってる……」
家族でニュースを見ていたら、パンデミックの波が日本にもやって来たと警笛を鳴らしていたのだ。
「ちょっとこれはマズイ状況かも……」
「ママ。マズイって、どういう状況? お兄ちゃん、もうすぐバスケの日本一があるんだよ? 野球だってこれからだし、秋にはサッカーだって……」
「それは……」
「政府しだいだろうな」
真っ青な顔の私の問いに母親は言い淀んだので、父親が答えた。
「政府しだいって??」
「中国や欧米ではロックダウンしているんだから、日本も同じことをするか近々決断するはずだ」
「ロックダウンしたら、部活はどうなるの?」
「たぶん、やってられないだろう」
「そんな~~~。ここまで頑張ったのに~~~」
私はわかりきったことを質問して、その答えに今までの苦労を思い出して膝を突いた。そんな私を、母親が優しく抱き締めた。
「ララちゃんの気持ち、痛いほどわかるわ。私も悔しいもん。でも、まだそうなると決まっていないし、すぐにパンデミックは収束するかもしれない。いまは成り行きを見守りましょう」
「そうだぞ。まだ政府も迷っている。ひょっとしたら、夏ぐらいまで決められないかもな。あははは」
母親と父親は楽観的なことを言って私を慰めてくれたが、このパンデミックは収まる気配を見せないのであった……
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