055 母親の初仕事である
お兄ちゃんの前世は猫である。私の名前は広瀬ララ。ジュマルの保護者ではない。小2だもん。
一学期が始まってからひと月が経ち、ジュマルじたいの授業はなんとかなっているみたいなので私も3年生の勉強に精を出す日々。そんなある日、ジュマルと一緒に家に帰ったら、母親がスーツ姿で出迎えてくれた。
「ララちゃん。どうどう? ママかっこいい??」
「うん。かっこいいけど……どうしたの??」
「フッフ~ン♪」
母親は嬉しそうに右手を上げた。
「宣誓。ママは仕事に戻ることをここに誓います!」
そんな誓いを立てられても、私もどう反応していいかわからない。
「自転車操業……」
「いやいやララちゃん? 前も言ったけど、パパいっぱい稼いでいるから大丈夫だよ??」
「うん。言ってみただけ。あははは」
「もう~。ララちゃんったら~。あははは」
ちょっと笑ってから席に着いたら詳しく聞いてみる。
「いつから仕事するの?」
「来週からだよ。なんとママも、一国一城の主になります!」
「……どこの城主??」
「やだな~。比喩比喩。比喩って言ってもわからないか~……」
言いたいことはわかっているけど、わざとボケてあげたら母親はペラペラ喋る。
どうやらここから数駅離れた繁華街で事務所を開くとのこと。開店資金は父親が出してくれたらしい。
本当は父親は自分の会社の専属にしようとしていたらしいが、母親はブランクもあるからと断って、刑事事件やご近所トラブルを解決する弁護士になるそうだ。
「へ~。弱きを助け強きを
「そうよ。ママのかっこいいところ、いっぱい見せてあげるからね~?」
「ママは昔から綺麗でかっこいいよ」
「ララちゃ~ん。ヨイショしても何も出て来ないよ~? ……ちょっと高い梅干し買ってみたけど食べる??」
「出て来るんだ……晩ごはんにお願いします」
チョロイ母親のおかげで、美味しい梅干しにありつけて満面の笑みの私であった……
「ララちゃんって案外チョロイわね……」
母親も私のことを同じように思っていたのであったとさ。
それから父親が家事をすることが増え、1ヶ月が経つと母親も仕事に慣れたのか家に早く帰ることが増えて来た。
「ママ……もしかして仕事ないの??」
「ギクッ!?」
母親が暗い顔をしていたから興味本位で聞いてみたら当たってしまったらしい。それにしても、そんなわかりやすい反応、ないわ~。
「な、ないこともないのよ? ポスティングとかビラ配りとか……」
「聞いてた仕事と違う気がする……大丈夫?」
「これからいっぱい仕事が来るから、ララちゃんは心配しなくていいのよ~? 近々国選弁護人の仕事も入って来る予定だし!」
「ママ、ガンバッ」
「予定か~い」とツッコミたいところであったが、母親にもプライドがあるだろうから言わないであげる。早く仕事が来るように祈るばかりの私であった……
とか祈っていたら、本当に母親の元へ仕事がやって来た。本人的には「国からのショボイ仕事よ~」とか言っていたからすぐに終わると思っていたら、ある日、母親が凄い殺気を
その雰囲気に何事かと質問してみたけど、私には言えないとのこと。その日の夜遅くに母親と父親は寝室で何か話すんじゃないかと盗み聞きしに行ったら、とんでもなく大きな仕事だった。
冤罪事件。それも政治家の馬鹿息子が
母親が調べたらすぐにそこまでの情報が集まったのだから、この事件にはもっと深い闇があると見ているとのこと。だからこそ、仕事を復帰して間もない、刑事事件も数件しか扱ったことのない母親の元へ仕事がやって来たのだ。
次の日の夜には私とジュマルもその話を聞かされて、危険があるかもしれないと告げられた。母親はヤル気だ。父親もサポートするつもりだ。ならば、私の答えはひとつしかない。
「この家にはお兄ちゃんがいるから大丈夫。熊さんだって倒したんだよ? お兄ちゃん……みんなを守ってくれるよね??」
「おう! なんかしらんけど、悪い奴と戦うんやろ? ママも頑張れや。俺が全員守ったる!!」
「ララちゃん……ジュマ君……ありがとう!」
「よし! 今日は広瀬家、決起集会だ~!」
この日は父親の音頭で宴が始まり、明日からの英気を養ったのであった……
危険があると聞いた私は登下校は構えていたけど、ジュマルはのん気なモノ。「にゃ~にゃ~」鼻歌まじりに歩くので、私も緊張感はどこかに行った。
母親と父親は険しい顔をたまにしていたが、私たちには何があったか聞かせてくれない。でも、こっそり寝室に盗み聞きしに行ってたから、ある程度は知ってるけどね。
どうやら母親の事務所には、脅迫めいた手紙や電話が連日来ている模様。中には弁護士と名乗る人物がお金を持って現れたり、検察庁のほうから来たと名乗る人物も来たらしいが、全て突っぱねているらしい。
もちろんその筋の人も来ていると聞いて私は焦ったが、母親には父親が雇ったデカイ外国人SPがついているから、全て追い返してるってさ。どこでそんな人を雇えるのかめっちゃ知りたい!
しばらくすると、政治家の小さな不正のスクープがワイドショーで流れ出し、その数が日が経つに連れて増えて来た。そのおかげで、政治家はその対応に追われて母親に近付く者が減りつつあるみたい。
てか、両親が何かやったんでしょ? さすがに毎日は起きてられないから情報がないの~。教えてよ~。
そんなヤキモキする日々を過ごしていたら、この事件は思ったより早く決着した。
母親の大勝利だ!
政治家のとんでもない不正が出た直後に、冤罪で被疑者を弁護するだけでなく、手に入れたありとあらゆる確固たる証拠を提出して、馬鹿息子が真犯人と見せ付けたのだ。
ただし、そのあとがめちゃくちゃ大変。政界、検察、警察を揺るがす大事件となり、ワイドショーでは連日連夜の大騒ぎとなった。
「うわ~。凄い騒ぎね~。プププ」
「ママ……」
それなのに、母親はリビングでテレビを見て他人事だ。
「時の人が、こんなところで寝転んでていいの?」
「いいのいいの。私は被疑者の弁護をしただけだもん」
「テレビの人も、美人すぎる弁護士に出てほしいって言ってたよ??」
「え? あいつらララちゃんのところに行ったの? ちょっと締めて来るわ……」
「ママ~~~!!」
あとで聞いた話だが、政治家が事務所に乗り込んで来た時に私とジュマルを殺すに近いことを言われて両親はキレたから、徹底的に潰したそうだ……こわっ!
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