052 説教と恐怖である


 お兄ちゃんの前世は猫である。私の名前は広瀬ララ。猫語、難しい。


 猫にも言語が存在していたとは驚かされたが、ジュマルがタイの尾頭付きに手を伸ばしていたので、パチンと叩いて気を取り直す。


「そこまでお腹が空いてないなら、晩ごはんにしたら?」

「えぇ~。誰かに盗られたらどうすんねん」

「誰も盗らないし。我慢するならもうちょっと買ってあげるよ?」

「にゃ~!」

「我慢するってことだよね?」


 買い足しを提示してみたらジュマルは猫が出てしまったけど、頷いているから交渉は成立したのだろう。私はジュマルにゴミを捨てさせたら買い物に戻るのであった。



 キャベツコーナーに戻った私は、狙っていたキャベツが無くなっていたので少しイラッとし、吟味し直してジュマルの持つカゴに入れる。

 そして次の商品を探そうと進んだけど、コース変更。魚を見せたらまたジュマルが猫化し兼ねないもん。


 次の狙いは豚肉。値段の高さに驚きながら、家族分にちょうどいい量のパックを選んでカゴに入れる。

 次はレトルトコーナー。端から順番に探していたら、中間地点で見付かった。


「ホイコーローのもとって……足りない食材とか言ってたのに、ほとんど買わされてるじゃない……」

「なんか言ったか?」

「なんでもない。それ取ってくれる?」

「これか??」


 母親に買って来いと言われた物が揃ったものの、お使いを頼むあの茶番はいったいなんだったのかと思う私であった。



「好きなお菓子買っていいことになってるけど、欲しいお菓子ある?」

「サカナ!」

「魚以外は??」

「う~ん……ニャサホイ」

「それも魚でしょ……もういいわ」


 ジュマルに聞いても決められそうにないので、いつも食べているお菓子を一袋。私好みのお菓子を2種類二袋ずつカゴに入れると乾物コーナーに移動する。


「この煮干しなんておやつにどう?」

「にゃあ~あ」

「じゃあ二袋入れて。全部は無理!!」


 ジュマルが大量の煮干しをカゴに押し込もうとするので、焼き魚を買わないぞと脅して我慢させる。

 それからお惣菜コーナーに移動すると、ジュマルにひとつ選ばせてみたらサンマが気に入った模様。頭から尻尾まで食べていたけどまぁいいや。ついでにイカとエビの姿焼きもプラスしておいた。

 これはジュマルの好みを調べる為もあるが、うちって魚介類がまったく出て来ないから私が食べたくなったのだ。でも、ちょっと買いすぎたかも?


 これで買い物は終了。さっきレジをしてくれたおばちゃんの列に並び、苦手なことは全部やってもらう私であった。

 けど、袋が足りなくなって、泣く泣くレジ袋代を追加で払った私であったとさ。



「入りそう?」

「ムリやな」

「じゃあ、大きいほう持って。振り回したら、魚が美味しくなくなるからね?」

「なんやと!?」


 私の自転車のカゴは小さすぎて積み込めなかったのでジュマルにも持たせてみたら、大金の入ったカバンを持つ人みたいになってしまった。そんなことで味が変わるわけないだろ。

 出発する時に両親の姿を確認してみたら、離れたところで父親だけがスタンバイしているところを見ると、母親は先に帰って帰宅を待っているのだろう。

 ここはひとつぐらいトラブルがあったほうが喜ぶかと思ったけど、ジュマルがそわそわしていたから真っ直ぐ帰る。魚を食べたいんだろうね~。


 こうして私は、初めてのお使いを無難にこなしたのであっ……


「ララ。そっちちゃうで?」

「へ? あっ! 地図が逆さになってた~。携帯電話、ややこしいわ~」


 最後の最後で道に迷いそうになり、おそらく帰巣本能のあるジュマルに教えられたので、スマホのせいにする私であったとさ。



「ララちゃんおかえり~。ジュマ君もありがとうね~」


 家に辿り着いてピンポンを押したら、たった数秒で外まで出て来た母親に出迎えられた私たち。玄関でいまかいまかと待ち構えていたと思われる。

 私の荷物は母親が持ってくれて中に入ると、私は2階の自室に逃げようと思ったけどダイニングに連行された。ジュマルも珍しく隣に座っている。


 そんな私たちの前に、母親が買って来た物を1個ずつテーブルの上に並べて尋問が始まった。


「ララちゃ~ん? スマホ見せてくれる~?」

「はい……」


 ついでに私のスマホも取られて、買い物リストを開いて見せられた。


「キャベツ、豚肉、ホイコーローの素は合ってるね~。しかも、ママが欲しかった分量って、偉いね~」

「えへへ」


 母親はニコニコして褒めてくれたので、笑ってごまかしたい。


「でも、他は何かな~? 酢昆布とホシウメは、まぁ、ババくさいけどお菓子とカウントしていいわ」


 私の好物がババくさいって……確かに子供が食べる物じゃないけど~。


「この煮干しはなに??」

「えっと……お兄ちゃんのお菓子……」

「煮干しがお菓子……なるほど。ギリセーフね」


 母親の基準はよくわからないけど、次からが本題だろう。


「タイ! サンマ! イカ! エビ!? なんで食べさせたことがない物ばかり買って来たの? ここにも書いてないでしょ??」


 そりゃ買い物リストに載ってない物ばかり出て来たら怒るわな。私だって子供がそんな無駄遣いしてたら怒るもん。


「えっと、お兄ちゃんが食べたがったから……とりあえず、煮干しあげてほしいな~?」

「ジュマ君がね~……さっきシシャモとサンマ食べてなかった?」

「さっきって??」

「あ……レシート! レシート2枚あって無い商品があるでしょ?」

「てっきりついて来てたのかと思ったよ~。あははは」

「そ、そんなわけないでしょ~。あはは。ジュマ君。はい、煮干し~」

「にゃ~!」


 母親が口を滑らせたのでそこを突いてみたら説教は止まったみたい。ジュマルに煮干しを見せて、猫とたわむれている感じになっている。


「そういえばうちって、魚とかって出ないよね? なんでなの??」


 ついでに話も逸らしてやろうと質問したら、母親は煮干しを袋ごと落とした。ジュマルは足下で漁っていたから私が取り上げた。


「あのね……ララちゃんが生まれる前にね……」

「う、うん……」


 すると母親は怪談でもするかの雰囲気で語り出した。


「リビングでね。鑑賞用にお魚を飼ってたの。そう、アレはジュマ君がハイハイを覚えて少し落ち着いて来た頃よ。水槽の魚が減ってない?ってパパと話してたの。原因がわからないから、久し振りにリビングの動画を確認してみたら……」

「も、もういい。やめて……」


 理由に気付いた私が震える声で遮っても、母親はやめてくれない。


「ジュマ君が生で食べてたの~~~。それから怖くって魚も見たくなくなったの~~~」

「ぃいぃやぁぁ~~~!!」


 私も想像してしまって大絶叫。観賞魚がジュマルの口の中でピチピチしていたなんて怖すぎて、私も魚が食べたくなくなるのであったとさ。

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