016 幼児教育である


 お兄ちゃんの前世は猫である。私の名前は広瀬ララ。猫を段ボール箱から出すなんて、命懸けだ。


 児童相談所のほうから来たと言っていた竹田さんが帰ってからしばらく経つと、幼稚園や保育園の資料が入った封筒が送られて来た。本当に児童相談所の人だったんだね。「~のほう」って自己紹介してたから、詐欺師かと疑ってたよ。

 その資料はというと、ほとんど見たことあるような物ばかりなので、母親もイライラしてた。しかし、有意義な情報もあったらしい。


「フリースクールか……」

「そそ。個人に合わせるカリキュラムだから、勉強の遅れとか気にしなくてもいいみたい。もっと難しい勉強もできるみたいだし、ララちゃんにもよくない?」

「確かに! うちのララは天才だから、大学レベルだって目じゃないな!!」

「でしょ!!」


 でも、話の内容がジュマルではなく私に変わったので真っ青。


(ムリムリムリムリ……私、前世では中卒よ? それも90年も前の話なんて覚えてないよ~。2人の能力に合わせないで!)


 しばし興奮する2人を黙って見ていたら、私の顔色に母親が気付いた。


「ララちゃんどうしたの? フリースクールいや??」

「べんきょう、こわい……」

「こ、怖くないわよ~? ララちゃんのためになることだよ~??」

「大丈夫だよ~? 勉強したら、いい物いっぱい買ってあげるよ~??」


 超優等生の私が初めて反抗を見せたがために両親は焦ったのか、この日から女王様対応になったのであったとさ。



「ちょっとだけ勉強してみよっか?」


 そんなある日、母親が恐る恐る私の前でカードみたいな物を広げた。


「おにちゃは?」

「ジュマ君は……あっ! 呼んでくれる?」

「……あい」


 勉強が必要なのは私ではないのでそのことを言ったら、母親は完全に忘れてた。すでに諦めているのかもしれない。

 ひとまず私は離れたところでジーッと見ているジュマルを呼んで隣にお座りさせてみる。


「これはな~んだ?」


 母親の出したカードは、車。私はなんて答えていいか悩み、まずはジュマルに答えさせようと思って横を見たら逃げようとしてやがった。


「おにちゃ! 待て! お座り!!」

「あい!」

「これはなに?」

「ちらない……」


 なのでムリヤリ答えさせても知らないのではどうしようもない。


「ブ、ブーブー」


 仕方がないので私は赤ちゃん言葉で正解を言ってみた。


「おしい! ブーブーでも合ってるんだけど、これは車って言うの。はい、くるま。言ってみて」

「くるま」

「よくできました~」


 母親が私を嬉しそうに撫で回すけど、ジュマルに言わせてほしい。てか、これが毎日続くなんて、面倒くさいな。


「ジュマ君も、くるま。言ってみよっか?」

「……」

「くるま。くるまよ」

「……」

「あっ! 行かないで~!!」


 あと、ジュマルもまったく答えないから面倒くさい。


「ララちゃん……」

「おにちゃ~~~!!」


 だって、母親が涙目で訴えて来るんだもん。呼ぶしかないんだもん!


 こうして幼児教育は始まったのだが、ジュマルのせいで多大な時間が掛かるので、やっぱり私からしごかれるのであった……



「そそ。ララちゃんてんさ~い!」


 それから私は、勉強じたいは楽勝で面白くないからすぐに正解を言っていたら、母親もご満悦。早く解放されて韓流ドラマを見たいと思う毎日を過ごしていると、ジュマルも興味を持ったのかジーッと見ている時間が長くなった。

 なので母親が料理を始めたタイミングでジュマルを呼んで、カードを見せてみる。


「これ、くるま。いえる?」

「く……ま」

「いえにゃい。ハッ……」

「フシャーーー!!」

「なに!? ジュマ君どうしたの!?」


 久し振りに鼻で笑ってみたら、ジュマルは猫化。プライドを傷付けられて、部屋の中を走り回ってる。母親は……どうせ追いつけないのに頑張ってるな。あ、倒れた。

 そんな母親を尻目に、ジュマルは私の前にやって来てお座り。


「く、る……ま」

「おお~。いえた。パチパチパチパチ」

「フッ、フンッ!」


 私が拍手して褒めると、ジュマルは鼻高々。尻尾もないのに尻尾を振っているように見える……犬か? 猫から犬に進化したのか??

 ただ、それで喜ばれても意味がない。早々に天狗っ鼻を折ってやる。


「これはなに?」

「く、るま」

「わっかんないんだ~……ハッ」

「フシャーーー!!」

「待って。いま、足攣ってるの……」


 キリンを見せたのに車と言ったのでまた鼻で笑ったら、ジュマルは暴れまくり。母親は立ち上がれずにもだえている。

 私は今日の勉強はここまでと、カードを片付けるのであった。



「なんかジュマ君、めっちゃやる気出てない?」


 翌日は、ジュマルも自発的に勉強会に参加していたので、母親も不思議でならないみたいなので私に耳打ちした。


「いいけいこう」

「うん。そうだけど……睨まれてるみたいで怖いのよね~……ん??」

「どした?」

「いまララちゃん。いい傾向って言わなかった? やっぱり天才……」

「い、いってにゃい……」


 挑発作戦が上手くいったので、私も鼻高々でいらんこと言ってしまったから、自分でその天狗っ鼻をへし折るのであったとさ。

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