episode8 カミサマ


 ごめんなさい。

 私は特別ではなく、異端なだけだった。

 私は普通じゃなかった。

 私が何かするたびに誰かを傷つけてしまう。

 私が何をするたびに誰かの反感を買ってしまう。


 ■■さんも、▲●さんも、□◆くんも、みんな私を嫌いになってしまった。

 普通がわからない。問題が解けない意味がわからない。点数を取れない意味がわからない。

 わからないフリができない。普通のフリができない。

 劣等感というものがわからない。優越感が理解できない。

 嫉妬心が理解できない。他人の気持ちが理解できない。


 どうすれば彼ら彼女らの気持ちを収められるのかすらわからない。

 ただわかるのは、私の存在がみんなの迷惑になっているということだけ。

 私が生きているだけで誰かを苦しめているという事実だけ。


 わからないのが怖い。

 不安になるのが怖い。苦しいのが怖い。辛いのが怖い。

 自分が異物であることが怖くて仕方がない。


 もしかしたら私が日葵や棗を傷つけてしまうかもしれない。

 傷つけているのかもしれないと思うと夜も眠れない。

 私を理解してくれる二人にだけは、嫌われたくない。

 二人が私のことを好きだと言ってくれる間は、私以外が正常な世界で、生きていたいと思っていた。

 でもいつか、きっと二人に迷惑をかけてしまうから、

 そうなる前に死んでしまいたかった。

 死ぬことでしか解決できない気がした。

 でも、助けて欲しい。気づいて欲しい。


 ごめんなさい。皆本当に大好きだった。ごめんなさい。


 ごめんなさい。私の存在が足枷になってしまう。

 ごめんなさい。ごめんなさい。これすらもきっと足枷になってしまう。それでも多分これを渡してしまう。


 気づいて欲しい。気づかれないようにしているのは私なのに。


 日葵がきっと泣いてしまう。棗がきっと悲しんでしまう。それがわかっているのに。

 二人が私を愛してくれていることがとてもよくわかるから、この想いを二人に告げることができなかった。

 ごめんなさい。好き。

 ごめんなさい。ごめんなさい。





 ………姉さんの、綺麗な字で書かれた遺書。

 その字体から想像もできないほど、俺の知っている"棟方由里"からは想像もできないほど、感情的で、理性的でない、語彙を失った内容。

 今まで一度だって聞いたことのないような弱音と、謝罪と、苦悩と、そして、俺達への想い、救済への渇望が書き連ねられた遺書。

 中身は、【他人を理解できない】という天才の苦悩と、【誰かに助けて欲しい】という普通の女の子の悩み。


 雲の上の人だと、勝手に決めつけていた姉さんは、俺らが思っていたよりずっと弱くて、完璧超人などではなく、等身大の女の子だったことに、その時初めて気が付いた。


 遅すぎた。浅はかだった。愚かだった。



 日葵さんがどうしてもというから、一緒にこれを読んだ。失敗だった。



『ぷっ……っくくっ……あはははははははははははは!!!』


『これ、わたしが悪いってことだ!ねぇ。棗くん、ねえなつめくん!!これ、一番近くに居た、私が、私が気づかなかったからだ!!』


『私これ貰った時、感謝の手紙か何かだと思ってたんだよ!くくっ、由里のこと、何も知らなかった!!あははははは!!』


 日葵さんそうひとっきしり笑った後、二度と笑みを人に見せなくなった。自責の念に囚われて、ダメになってしまった。


『…なつめくん。私、死にたいなぁ、由里ちゃんに会いたい。』


『なつめくんなつめくん。昨日由里ちゃんにRhinしたんだけどさ。なんかメッセージ送れなくて、どうしたらいい?』


『………あ、ごめ……さい。私が………私がぁ!!』


 毎日毎日、その瞳に涙を溜めながらそんな言葉を口にする。惚ける。怒る。自傷する。



『…なつめ君。ごめ、なさい。■■由里は……私が……』


『……ッ、日葵さん。■■■俺たちは違うだろ?丈夫。大丈だ。』



『私があの時……少しでも、話して■■れば!……ちょっと、でも、にしてればぁ……!』


『このまじゃ……俺が、日さんが、死んじうよ。』


『……で、でも、私は『俺たちは、まだ駄目だ。意味、分かよな?』


『姉さんは、そんなことしても喜ばないぞ。だから。』


『……もう、■■■姉さんのことは忘れよう。日葵さ。』


 全部。夢なんかじゃない。俺の体験した出来事。

 食事も摂らず薄暗い部屋に閉じこもった日葵さん。あの頃にはもういっそのこと、”もういっそのこと■■■姉さんの死を■■無かったことにしてしまわなければ、彼女を■■救済できない”と。

 俺はそう思っていた。




 そんな時、


『棟方棗さん。貴方のことを教えて下さい。』


『私なら、貴方のことを、あなたの大切な人を、助けてあげられる。』


 俺はに出会ったんだ。


 どんな願い事でも叶えてくれる、俺たちに寄り添ってくれるカミサマに。


 俺は願った。


「姉さんと日葵さんのいる、平凡な生活が欲しい。」


「俺は、3人でもう一度話したい。姉さんに会いたい。日葵さんの笑顔が見たい。」


 そのためなら。


「どんなにクソみたいな世界でもいい。」


 だから。


「頼む。俺の理想を叶えてくれ。」





『承知しました。よく頑張りましたね。』


『理想の世界へ、私が連れていって差し上げます。』

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