episode3 平凡で最高な学校生活
俺が高校に着いたのは、午前8時30分を回った頃だった。ホームルームが40分からだから、大体10分前行動。
そういえば〇分前行動!みたいな文化は海外にはないらしい。
みんな時間ピッタリに出社するんだろうか。それとも多少遅れても許されるんだろうか。
前者だったらすごいし、後者だったら素晴らしい世界だ。
「おはようございます!!」
「おはようございます」
校門で挨拶運動している運動部っぽい生徒らに返事を返す。
我が高校 私立
生徒手帳には「学びは座学だけにあらず。授業に支障がない範囲でなら、学校生活を自由に過ごして良いものとする。」と書かれている。
だから制服の改造や髪染め、スマホ・PCの持ち込み、使用は自由。ある程度はっちゃけた部活動やクラブ活動も自由。
勿論日本人として、
大学附属ということもあるのだろうが、某ネズミーランドレベルの大きさを誇る校内は、高校や大学の範疇に収まらないレベルの様々な設備と施設がある。
「3組の
「え、うっそ。これで何人目?」
「確か……15,6人?くらい。なんか一緒に下校してたら突然消えちゃったんだって!次ウチらかも!」
「やめてよ!マジ怖いわ~」
いつも通りに下駄箱で靴を履き替えて、2年1組の教室に向かう俺の耳に入ってきたのは生徒の会話。おそらく例の連続失踪事件についてのことだろう。
名も知らぬ女子生徒Bも言っていたが、この学校の生徒も16人失踪してしまったらしい。
生徒名も見たのだが、正直ピンとこない生徒ばかり。俺の知り合いではないと安心したが、それと同時にやはり身近に起きている出来事なのだと実感して少し怖くなる。
「…………。」
まぁ本当に突然消えるのなら気をつけようもないんだが。
考えながら教室のドアを開けると、自分で思ったより強くを開いてしまったようで、ガララっと盛大な音が響く。
数人のクラスメイト達が一斉に視線を寄越した。
「……あー、すみません。」
…………なんだかよく分からないけど、こういう瞬間は気まずくなるよな。
少し委縮して自分の席へと座り、周りの視線が自分から離れていることを確認すると、教室を見回してみる。
HR開始10分前。流石の進学校だ。
もうほとんどの席が埋まっている。一件空席に見える席も、実が荷物が置いてあったり、椅子だけ別の机に移動されていたりと、本当にほぼ全員が教室内にいるようだ。
「おはようございます。棟方様」
視界の外から不意に、小鳥の
そこには…………なんと説明すればいいのか、舞踏会に出るのかというくらいに凝ったヘアスタイルの、ハーフアップパーティヘアー?とでもいうのか。
そんな髪型なのに、"派手"より"お淑やか"が勝つような、茶髪の美少女が立っていた。
垂れ目のせいか、非常に柔らかい笑みを浮かべている彼女は、その見た目の通りのお嬢様だ。
人生の中でお嬢様なんて見たこともなかった俺は、てっきりお嬢様専門学校みたいなものが存在するとばかり思っていたのだが、案外普通にお嬢様はいるものらしい。
「おはよう建駒さん。」
彼女は箱入り娘なのかなんなのか、たまに突飛なことをする天然ちゃんだが、上品ながらも少し抜けたその性格は男女両方から非常にウケがよく、人気が高い。
そんな彼女と俺は入学してから今までの1年と少しの間同じクラスだったこともあり、朝と帰りに挨拶を交わす程度の仲。
知り合いかご学友()くらいの距離感だ。
「例の連続失踪事件、皆さんの間でもかなり話題になってますね。」
「生徒内でも被害者?って言ったらいいのか?失踪してる奴が出てる以上、もう他人事って言えなくなったのがデカいんじゃないか?一週間で300人って数字も見たことないレベルだし。」
「……そうですよね、もう300人。他人事なんて言ってられないですよね。」
相当不安なのだろうか、小さく呟かれたその言葉は、いつもより低いトーンで。
お嬢様なら、やろうと思えばSPを10人でも20人でも雇えそうなものだが、実際難しいものなのだろうか。アニメやゲームのような空想上のお嬢様しか知らない俺にはわかりかねる問題だ。
それこそ登下校中だって黒塗りの高級車で来ているイメージがあるのに。
「…………はっ!そうでした、私、赤のボールペンを忘れてしまったんです!棟方様は余分にお持ちだったりしませんか?」
暗い表情をパッと消し去り、建駒さんが俺に訊く。
やはり緩やかな目元の影響なのだろうか、どんな仕草でも表情でも、柔らかいというか、丸っこいというか、庇護欲を掻き立てる何かを感じた。
「あー、持ってるぞ。」
丁度切れかけてたために補充していたボールペンを筆箱を取り出して、差し出す。建駒さんは嬉しそうにそれを受け取って、胸の前で両手で握りしめた。
「ありがとうございます!とても助かります!」
「こういう学生らしい会話、とても素晴らしいですよね!」
学生らしい……会話?
ぽわぽわと温かい笑みを浮かべている彼女に対し、生まれてこの
「ははっ…今日赤ペンなんて使う機会あるか?もしかして課題の丸付けしてないとか?」
「実はそうなんです。通学中心配で確認したのですが、どうにも丸付けしてないプリントが1枚だけあったようで。」
天然な部分はあるが、それでも勉学に関して相当な優等生である建駒さんにしては珍しいこともあるものだ。
それでも通学中に課題確認するところとかはやっぱり優等生だ……なんだか俺も心配になってきた。
「申し訳ありません。そういうことですので自席で丸付けをして参ります!また後ほどお話しましょうね。」
「了解。それ、帰りにでも返してくれればいいから」
「ありがとうごさいます!!」と、ぺこりと頭を下げて、建駒さんは自分の席へと戻っていき、
それを横目に俺も課題の確認に移ろうと鞄に手を伸ばす。
すると、不意に後ろから肩を叩かれた。
「よぉ、棗。相変わらずお前は可愛い女の子と仲良くしてんな~。背中には気をつけろよ?」
「おはよう久遠。悪いが背中に気を付けるのはお前の方だと思うぞ。」
振り返ると、いつも通りの爽やかながら、少しミステリアスな雰囲気を醸す親友の姿があった。
まだリュックを背負っていることを見るに、ちょうど今登校してきたのだろう。
「おいおい、誰が色狂いプレイボーイだって?こんな清涼感のあるイケメン君のどこにそんな遊び人要素があるってんだよ?」
「言ってねぇよ…………つかわかってるなら今までの行動全部振り返れ馬鹿野郎。お前に何人泣かされてると思ってんだ、自重しろ。」
俺の友人、
別に世の美形を
こいつならどんなに自惚れた発言をしようが、きっと許されるだろう。イケメン許すまじ。
「酷い言い草だなぁおい。俺はただ、自分に正直に従っているだけだぜ?」
久遠は、俺の机に軽く腰をかけながら、少し不服そうに口を尖らせる。そんな姿すら嫌に映えるのだから本当にズルい奴だ。
女性関係のだらしなさというか倫理観というか、そういう部分さえ治れば人間性だって悪くないってのに、やっぱり神は全てを与えないのか。
……いや、コイツ自身は何の被害も受けないのだから、もしかしたら全てを与えているのかもしれない。
"天は二物を与えず"君はいち早く仕事に取り掛かって欲しい。どうしてこうもスペックの高い人間ばかり生まれてしまうのか。
とりあえずコイツの場合は一度「痴情のもつれ」とやらでひどい目に遭うべきだ。
「それがダメだと何度言えばわかるんだお前………。マジでそろそろやめとけよ?」
「大丈夫だって。俺は親友に迷惑かけるような酷い奴じゃない。だろ?」
「は…………?」
今までこいつに掛けられてきた迷惑を思い出す。
入学時、こいつが女子の告白を断るために俺を彼氏(腐)だと言い張りやがったこと。
そのせいで暫く七跡ベストカップル(腐)部門の首位に俺と久遠の名前が載ったこと。
「久遠君どこにいるか知らない!?」と知らない女子から聞かれまくる休み時間。
なんか漫画部から
つか七跡ベストカップル(腐)ってなんなんだよ。んなもん作らないでくれ。
「駄目だな。お前は酷い奴だ。俺はお前を許さない。」
「どぅえ!?俺がいつお前に………あ」
「「あ」じゃねえよ。」
「昨日漫画部がうるさかったから適当な愚腐腐エピソード話したこと怒ってんの?」
「嘘でっち上げんなよ……」
「いや此間俺んちでコーラ回し飲みした話だぞ」
心当たりがあった。
「否定できねぇじゃんどうしてくれんの」
「どうして否定するんだい棗くん?私は悲しいですよ。」
「何キャラだよどこから出てきたんだよその人格………」
「その辺だぞ。」
「どの辺だよ手ェ出すぞ」
「お、どーどー」
「いいのか?」
「おーおーwwwどーwwどーwww」
「おらぁっ!!」
「ぐっはぁぁああ!!」
ある程度加減したボディブローを喰らわせてやると、これまた芝居じみた久遠の声が教室の
コイツの腹筋マジで硬いな、なんて思いながらもそれを口に出せば調子づくのは目に見えているため、大人しく拳と言葉の両方を収める。
「はぁ……もういいわ。取り敢えずお前は自重しろ。」
「へいへーい」
ヘラヘラと笑いながら、久遠は机から降りる。
すると、丁度タイミングよくチャイムが鳴り響き、これまた見計らったように担任の先生が入ってきた。
「本日も特に話すことはありません。体育館に向かうので、課題を教卓に提出後、各自椅子をもって廊下に並ぶように。」
まるでロボットみたいな先生だと最初は面食らったが、慣れてしまえばいい意味で放任主義で気楽な先生だ。
先生はそれだけ言って、いつも通り無表情のまま、無駄のない動きで教室を出ていく。
「棗ー!俺このプリントの大問7やってねぇから見してー!」
「あーはいはいわかったよ!ちょっと待て!」
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