第29話
「僕が最後だったんですね、申し訳ありません!」
「いやいや、時間ぴったりだよ」
イチロウは慌てて頭を下げ、謝罪した。
イチロウはこの会合は初めての出席で、ここも始めて来たため道に迷ってしまい思ったより時間を取られてしまっていた。
戸惑いながら謝罪するイチロウにヒロは笑ってフォローする。
そこには既に、男が四人座っていて、イチロウは急いで空いている席に座った。
それと同時に、個室のドアが開く。
現れたのは、男性か女性か一瞬分からないほどの中性的な顔立ちの長身の男だった。
腰くらいまである長くさらりとした黒髪を、後ろで一つ結んでいる。
20代後半から30代くらいだろうか、なんとも年齢がつかみ取れない、妖艶な容貌をしていた。
その男は薄く笑みを浮かべた後閉めたドアの前に立ち、座っている男達を前にして、スッと頭を下げた。
「皆様お忙しい中、私が運営する『宿り木カフェ』の定期会合にお越し頂きありがとうございます。
本日はDグループのヒロ様、オサム様、リュウ様、タクヤ様、イチロウ様のここ3ヶ月の報告及び問題点等をお話し合い頂ければと思います。
まずは、マスターのコーヒーを」
そういってその若い男が後ろのドアを開ければ、マスターがトレイに5つコーヒーを乗せていた。
それを男がトレイから取り、1人1人の前に綺麗な所作でコーヒーを置いていく。
「セイヤさん、これは、マイセンかな?」
「そうでございます、リュウ様」
最後のイチロウの前にコーヒーを置き終わると、置かれたカップを見ながらカップのメーカーを言ったリュウに男、セイヤは答えた。
「本日はオーソドックスにマイセンのブルーオニオンをご用意させて頂きました。
コーヒーはマスターのオリジナルブレンドでございます。
まずはどうぞ」
そう勧められ、皆、白地に上品な藍色で彩られたカップを手に取り口に運ぶ。
「わぁ!これコーヒーですか?!」
思わず声をあげたイチロウは、周囲を見渡し慌てて口を閉じた。
「そうそう、思った事口にして良いんだよ。
ほんと美味いよねぇ、ここのコーヒー」
なにやら恍惚な表情を浮かべ、オサムはそう言った。
「なんか、チョコレートの感じがした気がして」
「イチロウ様は良い味覚と嗅覚をお持ちのようですね。
とても素晴らしいことですよ?」
運営者であるセイヤという若い男はにっこりとイチロウに微笑み、イチロウは思わず照れてしまった。
そしてマスターは軽く会釈をすると部屋を出て行き、セイヤが席に着く。
大きなテーブルに向かい合う用に大きな椅子が5つ、そして手前の席にセイヤが座った。
セイヤは全員の名前を順に呼び、各自簡単な自己紹介を済ませた。
「さて、初参加のイチロウ様と、本日でスタッフを辞められるヒロ様が顔合わせするのも今日が最初で最後です」
「あれ?ヒロさん辞めちゃうの?」
「えぇ、再婚を機に」
オサムの声に、少し照れたようにヒロが答えた。
「うっそ!また独身者が減る!!!」
「あの、僕も独身ですよ?」
「君、大学生だろう?!結婚関係無いだろう?!」
オサムの悲痛な声に、イチロウは普通に声をかけたが、どうも声をかけること自体まずかったようだ。
それをリュウがくすくすと足を組みながら笑っていた。
「リュウ君その余裕やめて」
「オサムさんの場合、そもそも結婚に興味が無いでしょう?」
「いや、なんというか」
「おや?」
口ごもったオサムに、リュウは面白そうにしている。
それを静かにみていたセイヤが二人を見た後、二人からの反応を受けて話し出した。
「Dチームは、ヒロ様が50代、オサム様が40代、リュウ様とタクヤ様が30代、イチロウ様が20代と非常に良いバランスだったのですが」
「いや、申し訳無い」
「喜ばしい事です。
単にこちらの勝手な話ですのでお気を使わせてしまい申し訳ありません。
幅広く意見を交わせるように、ヒロ様の後に入られる方もある程度人生経験のある方をと思っています。
それはまた今後と言う事で、まずは運営側から一点。
オサム様」
「あーいや、申し訳無い」
「そこ、真似しない」
頭を掻いたオサムにリュウが笑って突っ込む。
「何かあったんですか?」
そう尋ねるヒロにオサムは身をただし口ごもったのをみて、セイヤが口を開いた。
「オサム様からこちらに連絡がありまして、お客様に大変失礼な発言をしてしまったと。
ついては返金及びスタッフを変えて欲しいとの事でした」
そうセイヤが言うと、目線をオサムに投げ、一斉に皆がオサムを見た。
ヒロもスタッフ歴が長いが、オサムがそういったミスをしたのを聞いたのは初めてだった。
「何があったかというと、その、お客様の知りたくない事を探偵気取りでずかずかと話してしまって・・・・・。
彼女が辛くなって途中で切り上げてしまったんだ」
「で、ご自分でそうなってしまった理由はわかっているんでしょう?」
リュウがオサムに尋ねる。
なんとなくリュウはオサムがそんな状況になった理由が分かった気がした。
「とても彼女は自分に近くて、それでいて話しやすかったんだ。
あくまでこちらがスタッフ、相手は客、そのスタンスを今まで保ててきたんだけど、今回はどうしてか」
「好きになっちゃったんですか?」
少ししどろもどろに話すオサムに、イチロウがずばりと聞いた。
それにオサムがうっとなっている。
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