第27話



*********



『おめでとう!』


「いや、単にご飯に行っただけよ?」


私はあの一件後、すぐに松本さんと食事に出かけた。

美味しい焼き鳥は味わえたが、少しお洒落してきた服が焼き鳥の臭いまみれになってしまい凹んだけども。


『でもさ、今までの男とは違う感じなんじゃない?』


「全く違うわよ」


『それに聞いてるとさ、彼は結構やる男に思えるね』


「どのあたりが?」


『最初は乗り気じゃなかったのに、そこまで進めたんだ。

よほど君が気に入ったんだろ。

本当にそいつ、ノーベル賞取ったりするかもよ?いつか』


「ノーベル賞って大げさな」


私は苦笑いし、話を続ける。


「これってさ、正しい方向なんだと思う?

知り合ったのネットだよ?

相手はよくわからない研究者で、本当に彼の言葉を信じて良いのかわかんないの。

また今までみたいに、外見目的で終わる可能性だってあるわけでしょ?」


『正しいか正しくないかなんてどうやってわかるわけ?』


「なんというか、本来の苦労せずに逃げなのかなとか、本当の事が私は見えてないのかとか」


『君って思った以上に自分への自信、低いよね』


「私だってそうは思ってなかったわよ。

でもさ、今までなんとなく色々な事が出来てしまっていたのよ。

それが美人だ、という事でかなり下駄を履いていたってのを今頃わかってさ、その下駄が無くなった途端、自分があまりに何も無くて怖いのよ」


『美人だって武器だ。

生きるのに使って何が悪い?』


「だから、それは私が努力して得た物じゃ無いし」


『君はその美人を維持するのに何の努力も本当にしなかったの?

俺はしてたよ?

素人とはいえモデルなんてやってたからジムに通ってたし、お洒落にいられるよう情報にも気をつけた。

あまり馬鹿呼ばわりされるのもシャクだから大学も行ったし。


貴女だって本当なら仕事しなくても生活出来たんじゃないか?

なのに会社に勤めてる。

何も自分はしてないなんて言うのは、あまりに物事を見られていないと思うね。

そういう事を、きちんと自分を分析できる能力も伸ばすべきなんじゃない?』


私はチャラチャラしていると思っていたタクヤさんが、少し鋭い声でそう話すのを驚いて聞いていた。


もちろん、全く努力していなかった訳では無い。

外見維持のため美容に健康に注意した。

社長とかと付き合うことも多かったから、話がわかるようにニュースや経済の知識は最低限入れておいた。

家を上げるから側にいるよう言われたこともある。

そんなの自由が奪われるのと同じだと思い、会社に就職した。

就職活動中、自分の会社に、知り合いの会社にと勧めてくれた人達も居たけどそれも嫌で、自分で選んだ会社に自力で入った。


でも、でも。


『それなりにやってるじゃない』


私が思いついたさっきの事をタクヤさんに言うとそう返された。


「でも、それは特に努力と呼べるものでは無いんじゃ」


『君って思ったより自分に課すハードルが高いんだね。

それじゃ生きるのが息苦しくなるよ。

それと、そもそもどんな男性を結婚相手に求めてるの?』


「やっぱり身長は私より高い方がいいし、収入だってそれなりにあってほしいし、浮気しない人が良いし、出来れば顔も悪くない人が良い」


『贅沢だな!自分に自信が無い割に!』


「えー、贅沢なんだ・・・・・・」


『自分を安く見ろと言ってるんじゃない。

自分の自信を無くせとも言ってない。

そうじゃなくて、今までのフィルターは消して男と会うべきだよ』


私は黙り込む。

そんなにも自然と今までの感覚でいたのだろうか、あんなに自分はダメだと悲しくなっていた癖に。


『落ち込んだ?』


「そりゃぁね」


『とりあえずさ、例の研究者と交際してみたら?』


「さっきの条件のどれにも当てはまらない」


『でも、気になるんだろ?』


そう言われ、うーんと悩む。


『俺はさ、自然体でいられる相手に出逢えたわけよ。

だから結婚しても良いなと思ったわけで。

君も自然体でいられて楽じゃない?』


「自然体と言うより、どうでも良いような」


『君は思った以上に自分に自信が無くて、でも頭が固い。

それじゃそのままで終わるけど良いわけ?』


「酷い・・・・・・。

もちろん良いわけ無いわよ」


『あぁもう時間が来るな』


「うわ、もう1時間?!」


『あとは残り30分1回か。

なら、決めてこい!そして最高の報告をしてくれ!』


「え!」


『ダメならそれでいい。

とりあえずもう一度食事行って相手をけしかけろ!』


「えええ!」


『じゃぁ本日はそういう事で!』


「あ!」


見事に画面には通話終了の表示。

私はがくりと肩を落とした。

ふと机に置いたスマホを見れば、まさかの松本さんからのメール。

開いてみれば、食事の誘い。

それも今度はフレンチのお店を予約しました、なんて書いてあって驚く。


「良いわよ、決めてやろうじゃないの」


私はよくわからない闘争心を抱いていた。



*********



「あの」


「はい」


松本さんは驚くことに約束の時間より前に来て私を待ち、それも今回は始めて見るきっちりとした服装だった。

私は思わず何かが起きそうで、食事がスタートした後も身構えていた。

そしてそろそろデザートも食べ終わる時だった。


「よ、よろしければ、今後正式にお付き合いを出来ればと」


真面目な顔でそう言った彼に、思わず、よっしゃぁと内心思ったが、急にタクヤさんに言われ流されている気もしてきた。


「あの、何で私が良いと思ったんですか?外見ですか?」


直球の質問。

きっと彼はこういう方が良いような気がしてきたのだ。

今までのような駆け引きも打算も無く、ただ聞きたければ聞けば良い。

彼は驚いたような顔をした後、少し考えてから話し出した。


「木内さんは美しい女性だと思います。

ですが一番は、美味しそうにご飯を食べることと、私に問題点を忌憚なく指摘をしてくれたことです。

大抵の人は面倒でそんな事をしませんから。

正面からぶつかってくれる、それが嬉しかったんです。

すみません、もっと上手く言えると良いのですが」


言語化するのは本当に難しいと呟く彼を見て、笑いがこみ上げた。

そんな事が男性を引き付けるポイントになるだなんて。


「はい、よろしくお願いいたします」


自然とそう答えていた私の顔は、きっと何の仮面も無い笑顔だった。



*********



「という結果でした!どうだ!」


『すげー、ほんとにこの短期間でまともな彼氏作りやがった!』


そういうと、二人で大笑いした。

私はすぐに「宿り木カフェ」に予約し、すぐにタクヤさんに報告した。


「でも、なんだかんだ言って、ここで後押ししてもらわなければ早くに彼の事は切っていたかも」


『まぁそういう運命だったんじゃね?』


「運命ねぇ、便利な言葉だわ」


『とりあえずさ、自分を冷静に分析して、そして男にも、もっと偏見持たずに付き合いなよ?』


「偏見もってるなんてあんまり思ってなかったし、今もイマイチピンと来ないけどね。

なんか単にノリで進めてしまったような心配はあるんだけど」


『別に今すぐ結婚という訳じゃ無いんだし、まずは交際からですよ。

貴女、思った以上にまともな交際経験無いみたいだし』


「すみませんね、恋愛初心者で」


しかし、今まで私の思っていた男性への常識が通用しなかったり、私もまだ昔の男性達と戻れるなら戻りたいと思ったりもする。


『前の男達から声かかっても、まずはその研究者と真剣に付き合ってる時は断れよ?

どうせそういう世界に未練があるんだろうし』


「おっしゃるとおりです」


『そっちの世界に幸せが無いとは言わないけどさ、多分貴女の根っこはそっちに合わないんだと思うよ?

刺激は少ないかもしれないけどさ。

まぁ選ぶのは君次第だ』


「うん・・・・・・」


『落ち込むな落ち込むな!

ほら、もう俺とのおしゃべりも終わりだぞ?』


そう言われ画面を見れば残り時間の表示。

これが終わればもうタクヤさんと話すことも二度と無いのか。


「ありがとう、こんなにかっこつけず男性と話せたの初めてだった」


『どういたしまして。

美人故の苦労もあるだろうけどさ、もう少し自信持って進みなよ』


「そう、だよね。

もう少しなんか新しいことでもしようかなぁ」


『はじめようと思った時が転換点って事で。

とりあえず、婚活やったり、ここのカフェ来たり色々動いてるからそのままやっちゃいなよ』


「あはは、ありがとう。

そのポジティブさ見習うよ」


『おう!頑張れよ!』


「うん、そっちもね!」


最後タクヤさんの笑い声が聞こえて、通話は終了した。

ネットの世界で今の彼氏に出会い、ネットの世界で初めて気楽に話せる男性に会い、後押ししてもらった。


「ネットだって捨てたものじゃないよね」


私はそう呟いて、『宿り木カフェ』のサイトを閉じた。



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