第26話




同じようにネット婚活中の友人から戦果を尋ねる電話があり、素直に状況を伝えた。

そして友人も何と、あのオタクな松本さんが気になったらしい。

名前をフルネームで教えて、私から連絡する、なんて言うから、教えてしまった。



タクヤさんも友人も同じ答え。

私はやはり男性を見る目が無いのだろうか。


婚活をし始めて、私のプライドや自信がどんどん落ちていく。

それを自覚していくのは、悲しくて、切なくて、苦行のようだ。

こんな惨めな自分を友人、ましてや今までの知り合いになんて知られたくはない。

私は、「宿り木カフェ」に予約を入れた。



*********



「今回は例の理系オタクについて男性の意見が聞きたい」


初っぱなそう切り出した私に、ヘッドフォンから豪快な笑い声がする。


『どうぞどうぞ』


「待ち合わせ遅れて、店も予約せず、勝手に好きな事してしゃべって、あげく財布忘れて、口座教えてっていう輩よ?

どこが良いの?」


『それでそもそも婚活サイト登録したのもメールも本人じゃなかったと』


「そう。それでもアリだと思う?」


私は大まじめに聞いた。

なんというか、彼は割とダメな人だと思うのに、何故か絶対駄目だと言い切れない部分を感じていたのだ。


『そうやって俺に聞くって事は、何か彼に好感を持ってるんじゃないの?』


「好感というか、よくわからない人種で。

それに、同じサイトで婚活している友人が食いついて、私の見方が変なのかなと」


『ふーん。

ならもう一度会ってみたら?

その友人に取られる前にさ』


「いや、口座教えろってメール来たのよ?

普通そこは再度会う約束が取り付けられると誘ってこない?

それなりに好感向こうが持ってるならさ」


『そりゃ、貴女の今までの男はそういう事がスマートに出来る男ばかりだったろうけど、それはむしろイレギュラーじゃね?』


「仕事できる人だってそれくらい考えつくでしょ」


『頭は良いけど、気遣いとか出来ない人なんだよ』


前回の私の言葉を使い、面白そうにタクヤさんは言った。

私が黙っていると、タクヤさんが、


『良いから、もっかい会うセッティングしてみなよ』


と言ってきた。


「えー、私から誘うの?」


『受け身でいると、どんどん周囲から置いてかれるぞー。

そして友人に取られて後悔してもしらないからな』


結局私はその後、世の中スマートじゃない男の方がざらで、好きだから出来る訳では無いことを、延々タクヤさんから説明させられその日の通話は終了した。


私はその勢いのまま、既にかなりの日にち放置していた松本さんへメールを返信した。


「返信が遅れてすみません。

お金は返さなくて良いので出来ればその分、ご飯をご馳走してくれませんか?」


もっと洒落た文章も送れるが、なんだかこれで良いような気がした。





翌日返信は来なかった。

翌々日も来なかった。


私は送ったことをとても後悔していた。

滅多に自分から誘うなんて事をしていない私が、せっかく勇気を出してやったらこれだ。

やはり、女は求められてなんぼなのよ。

そして私は性懲りもなくまた朝メールを確認した。


「え、来てる」


婚活サイトの受信ボックスに松本さんから来ていて、私は中を見た。


『すみません、風邪を引いて寝込んでいます。

後日連絡しま』


「連絡しま、って何?!

まさか打ってる途中で倒れたとかじゃないわよね?!」


送信時間を見てみれば午前2時過ぎ。

なんでこんな時間に。

仕事場に連絡してみようかと思ったけれど、考えて見たら名刺ももらっていなければ個別の連絡先も交換していない。


「あー!まさかこれが最後のメールになっていないでよ?!」


私はこのメールのおかげで数日、不安な日々を過ごした。



*********



私は息抜きに宿り木カフェで通話をしていた。


『そうか、亡くなっていた彼の手にはスマートフォン。

そして、連絡しま、のダイイングメッセージが・・・・・・』


「勝手に殺人事件にしないでよ」


私の為に気を紛らわせようとするのはわかるが、あながち事切れてないのか不安で仕方がない。


『ま、だいじょーぶ、だいじょーぶ。

もし本当に亡くなってたら、警察から連絡来るよ』


「マジで嫌だ、そんなの」


うんざりと私は答えた。

誰かと話していないと、落ち着かなかった。

友人は松本さんに連絡してみると言っていたわけで、余計に話すわけにもいかず、この場所は本当に助かった。


『きっと体調が戻ったら連絡くるさ』


そう言ってタクヤさんは最後、真面目な声で言ってくれた。




「ほんとだ、メールきた」


翌日の朝、松本さんからメールが来ていた。

中身は、寝込んでいたこと、昨日から仕事に復帰したこと、仕事が溜まっているので、翌週でよければ食事に行きませんか、という内容だった。


「まぁ仕事が優先なのは仕方ないわよねぇ」


私はそのまま、死んでいたのではと気にしていたことと、来週末なら空いていることを返信した。



*********



「本当に色々とすみませんでした」


松本さんの仕事が一区切りするのを待ち、結局メールを偏してから会ったのは二週間後だった。


前回と同じ小料理屋に直接集合にし、今回は彼が席を押さえていた。

やはり少し彼は遅刻してくると、開口一番、頭を下げて謝罪した。


「あー、とりあえず、座りません?」


立ったまま謝罪している松本さんに苦笑いしかない。



とりあえずビールをし、先付けをもそもそお互い食べながら沈黙が続き、私は耐えきれなくなった。


「あの、面倒なんで率直に色々聞いて良いですか?」


私は、ドンとビールのジョッキを置くと、意を決して目の前の彼を見てそう言った。

つまみを口にしていた松本さんは、ぎょっとした顔をしていたが慌てて飲み込むと、何故かきっちり座り直して私を見たかと思うと、すぐに目をそらした。


「なんで口座教えてってメールしたんですか?」


その質問に私の方を見ると、すごく困惑した顔になる。


「え、それは、お金持って無かったので」


「いや、そこは、「今度その分ご馳走しますから」とかにはならないんですか?!」


彼は目を丸くして私を見た。

あ、考えて見たら、私を誘って当然というのが地で出てしまった。

彼が誘いたく無い場合もあるのに。


「それは・・・・・・別の話では?」


「はい?」


「私は貴女に食事の支払いが出来なかった。

それをきちんと金銭で補填することはわかりますが、食事を奢ることでは補填にならないのでは?」


「・・・・・・」


あぁ、どうしよう、考え方の根本が違うんだ。

これが頭の良い人というものなのだろうか。

私は思わず顔に手を当てた。


「えっ?何か間違えましたか?!」


「あー、いや・・・・・・」


うろたえる松本さんに、私は言葉が返せない。


「あの、私が色々と世間とずれている、というのは理解していますが、どこがずれているのか私自身ではわからないんです。

出来れば、指摘してもらえませんか?」


彼は大まじめに聞いている。

私はそんな彼を見て、ぷっと吹き出した。

まずい、怒ってるかも知れない。

でも松本さんは、怒ってもいなければ、わからないのが嫌だ、という感じに思えた。

私も真面目に答えることにした。


「こういうのに登録しておいて何なのですが、私、それなりに男性に不自由しなかったんです」


「そうでしょうね」


真面目に返されて、私は再度吹き出した。

何故だろう、今回は腹を立つことも無く不思議な気持ちだ。


「それで、今まで食事とかは男性がみんな奢ってくれていたんです。

もちろん仕事や友人とは男性でもきちんと折半で支払う事もあるんですけど、財布を忘れてきた男性は松本さんが初めてで」


「本当にすみません・・・・・」


しゅん、となった彼にやはり何故か笑ってしまう。


「男性がお金を忘れた人はいませんでしたが、私にその場の支払いを少し多めにお願いすることはありました。

その事を口実に再度食事へ誘ってくるんです、次は僕に全て奢らせてと」


「へぇ、それは酷いですね」


そうか、松本さんにとって、そういう手段は嫌な方法なのか。

むしろ駆け引きとして普通じゃないだろうか。


「酷いというか、駆け引きでは普通ですよ。

相手を落としたいのなら、色々な方法を使ってでもトライするものでしょう?」


なんで私が男性目線で話しているんだろう。

けど、そんな私の言葉を聞いて、松本さんは難しい顔をした。


「なるほど。

酷いと思いましたが、確かに結果を出すために考え得る色々な手法を使ってみるのは当然です。

なるほど」


彼は腕を組んで、心底頷いていた。

そして私をじっと見た。


「なら私も色々な手法をとっても良いんですよね?」


「え?良いんじゃないんですか?」


私は思わず首をかしげて答える。


「正直、貴女のような綺麗な人がきて困りました。

でも、とても美味しそうに焼き鳥食べてて、良い人だなと」


え?私の評価はそこなの?!

驚く私をよそ目に、彼はきちんと座り直し顔を引き締めて、


「それで!

あの、他にもお勧めのお店があるんですが、一緒に・・・・・・行きませんか?」


声がどんどん小さくなっていく。

最後は俯いてしまった。


「それは、デートの誘いですか?」


「で、デートで良いですかね?」


「松本さんがはっきりしてください」


私がそう言うと、彼はごくり、とつばを飲み込んだ。


「で、デートで是非!」



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