第25話




家に帰り、腹立たしさが消えないまま風呂を済ませベッドに倒れ込む。

婚活サイトで会った男性は皆最低だった。


そして今まで交際した男性を振り返る。

皆、紳士にエスコートしていた。

お金なんて私は一度も払わなかった。

彼らは私をきっと腕時計感覚で見せびらかしていたのだろう。

でも私だってその価値があると思って、当然だと思っていた。

それが歳がもうすぐ30というだけでこの扱い。


「あー若い頃に戻りたい」


私は心底そう思いながら眠りについた。




翌朝、だいぶ腹立たしい気持ちも収まってきたので婚活サイトを開いてみた。

そこには色々なメールに紛れて、松本さんからのメールが来ていた。


『先ほどは失礼しました。

食事代を振り込みたいので、口座を教えてもらえないでしょうか』


私はその文面を見て固まっていた。

口座?!聞くのは口座なの?!

ここは普通、今度は僕が奢りますからご予定どうですか?とかでしょう?!


私はまたこのメールを見てふつふつと怒りが湧いてきた。

だってこれは、貴女に興味はありません、と言っているのと同じだ。

こちらが振るのはわかる。

でもあんなオタクに振られたのは、私のプライドを酷く傷づけた。



*********



『おもしれぇー!』


私はあんなにまたやるかわからないし、そもそもタクヤさんをスタッフに指名するかも決めていなかったのに、もうこんな事があって誰かに聞いて欲しくてしかたなかった。


なのであのメールが来た勢いのまま私はタクヤさんを指名して、それも1時間で予約を入れた。

はっきりいってこの憤りを話すのに30分で済むとは思えない。

そして婚活サイトで出会った三人のことを、ひとしきり話し続けた。


タクヤさんは、ほう、おお!、ぶは!など思い切り良い相づちを打ってくれ、ひとしきり話した後、最初の言葉がそれだった。


『色々な人間観察出来たな、それ』


「笑いながら言われてもね」


私がため息をついてそういうと、悪い悪いと返ってきた。


「もうなんかさ、めんどうだわ」


それしかなかった。

頑張ってみた私が馬鹿馬鹿しい。


『一人有望なのいるじゃん』


「え?誰?」


『ほら、最後のオタク』


私は思わずえぇーと思い切り嫌そうな声を出した。


「どこが有望なわけ?

私には微塵も思いつかないんだけど」


『よく女性向けの雑誌にあるじゃん、理系の男性は結婚相手にお勧め!みたいな特集』


「あぁ。でも載ってるのは何の気遣いも出来ない人達だよねあれ」


冷めた声で言う私に、ひでぇ、と言いながら笑い声がする。


『男側からすると本気で失礼な特集だけどな。

男側が、こんなぼんやり女子は落としやすい!とか特集組んだら女達から批判の嵐だろうにさ』


「あーまぁそうね、失言でした」


『でも、周囲の男見てて思うのは、案外恋愛を出来ないやつの方が多いんだよ。

それなりに経験あるのに実は素人童貞とかさ』


「自分が色々食べたからって、そういうのさらっと言わないでよ」


『それなりに食ったから今がある。

というか貴女だって似たようなもんでしょ』


「それは・・・・・・否定しないわ」


確かにどれくらいが平均かはわからないが、それないの交際経験があるのだから、自動的に肉体関係だってそれなりの数はあった。


『今の男は、女を食えるヤツと、食えないヤツの二極化がでかいんだよ』


「ふーん。

で、なんで彼がお勧めになる訳?」


『自分で育成出来るじゃん』


「あのさ、なんで私がそんなお母さんみたいな事しないといけない訳?

そもそもああいう人って人の意見なんて聞くの?」


私の言葉に、向こうから、うーんと唸る声が聞こえる。


『それもそうだな』


「適当にお勧めしてた事がよくわかった」


私の少し怒りを含んだ声に、申し訳無い、と謝罪の言葉があった。


「そうそう、聞きたかったのよ。

タクヤさんが何でもてるのにネットで知り合った人と結婚したか」


『あーそうだよな』


「はい、どうぞ」


私が乱暴にボールを投げると、わははは、という笑い声がヘッドフォンから聞こえた。


『オンラインゲームって知ってる?』


「一応」


『そこで知り合ったんだよね、妻とは』


「え?ゲームしてて知り合えるの?!」


私としては、ゲームは一人でやるか、複数でやっててもそれで個別にやりとりするというのは知らなかった。


『なんていうのかな、割と有名なオンラインゲームって、チーム組んで敵を倒しに行くのよ。

外ではお洒落でオタクとか最低みたいな態度でいるけどさ、実は根っからのオタクで特にオンラインゲームには昔からめっちゃはまってたんだよね。


そこで随分前から知り合って、めっちゃ強い人がいてさ、男性キャラだから男性なのかと思ってたら女性だったんだよね。

まぁそれを知ったのは、個別でチャットしてかなり経ってからだったけど』


「うーん、なんとなくわかるようでわからないような。

その男性と思ってた人が女性で、その人が今の奥さんな訳ね?」


『そうそう』


「どれくらいやりとりしてたの?」


『うーん、知り合って4年くらい?』


「4年?!」


『でも直接会ったのは出会って3年くらい経ってから。

最初はグループでチャット、次に個別でチャット。

段々親しくなるとプライベートのメアドも交換したけど、基本これみたいな、ネットで通話してることが多くて、会いましょうってなったのは約三年経ってたね』


「偉いね・・・・・・」


思わずそんな長い道のりにそんな言葉が出た。


『いや最初から落とすとか思ってないからさ。

単に趣味の合う相手ってだけで。

意識しだしたのは相当後だよ』


「会う相手がブスだったらどうしようとか思わなかったわけ?」


『実は写真を送ってもらって、これならなんとかいけると思った』


「ここでどういう意味でいけるを使ったのか突っ込むべき?」


『これならH出来ない女では無いなーと』


「そこかい!」


『男はさ、その辺範囲広いけど、こっちは割と美味いもの食ってたから、余程じゃないとその食事レベルは下げられない訳よ。

分かるでしょ?貴女なら』


「まぁ、ね」


『だから写真はイマイチだったけど、まぁ話してて性格はわかってたからその分を加点すればギリいけるかな、と』


「なるほどねぇ」


失礼な話ではあるが男性のリアルな考え方を聞いて、妙に感心してしまった。

それに美味しい物を食べていて、そのレベルを下げられないという比喩は色々なところに当てはまる。

私だっていつまでもそういう物が食べられると思っていたけれど、そうでは無かったのだ。


『初めて会った時の妻の第一印象は、ダサイ』


「辛辣!」


『向こうは俺が出てきて相当に驚いたらしい。

まぁイケメン出てくるとは思わないよな、ネットで知り合って』


確かに自分でも勝手な印象として、ネットでゲームをしている人だとあまり良い印象では浮かばないかも知れない。


『最初はギクシャクしたけど、そもそも何年もネットで話してたから慣れるのも早くて。

で、思ったより彼女は表情豊かで、何より胸がでかかった』


「そこか!」


『いつもナイス突っ込みありがとう。

いや、胸大事よ?最大の癒やしだから。

俺胸のデカイ人、大好き』


「次に進んで」


『進みまーす。

で、何度かデートしてて、あ、居心地良いなって。

まぁオタクな一面なんて向こうは知ってるし、かっこつけなくて言い訳よ。

これはかなり楽だった』


「それは、わかる気がする」


『で、今まで付き合った中で一番気楽でいられる人だな、そういう相手ならずっと一緒に居たいと思って結婚したわけ』


「まぁそこからタクヤさんに結婚の覚悟まで決めさせる何かがあったと」


『あ、でき婚じゃないから。

普通よ?ふつー』


「なんだそういう事かと思ったのに」


『まぁ、結婚してもいいな、と思わせた初めての女性だったということですよ』


何だか最後は照れくさそうに話すタクヤさんに、ごちそうさまです、と私は笑いながら返した。

きっと今までの言葉も彼なりの恥ずかしさ故あんな言葉を言っているのだろう。

彼が奥さんを心から愛していることが通話だけなのにしっかりと伝わった。


『あー時間だねぇ』


「うん、また予約入れるわ」


『よろしくー。

新しい情報待ってる』


気軽な彼の声で通話は終了した。

ヘッドフォンを外し、湯飲みを持ち冷めたお茶をすする。

もてていた彼が照れて話すほど夢中にさせた女性は、きっと中身も素敵な人なのだろう。

それに比べると、私はいわゆる美人というのがウリだったのに、それが年齢というもので、どんどん価値が下がっていった。

そうしたら、自分の中身のウリはこれ!というものが無い事に気がついた。


きっと私には、タクヤさんの奥さんのように、男性の気持ちを変えるほどの美しい心も持っていないわけで。

そう思うと、なんだか惨めな気分になった。

そう、私には、美人、以外に自分にアピールポイントなんて無いのだ。


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