第20話


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「つくづく、イチロウ君とうちの子達を会わせて説教して欲しいって思うわ」


震災のことについて子供達に質問したらこんな返答が返ってきたと伝えたら、あはは、と笑い声が返ってきた。


『そんな風に返す方が普通じゃないですか?』


「もう少し想像力ってのは無いのかしら」


『無理ですよ、考えたくないですから』


「考えたくない?」


『そんなわざわざ苦労するようなこと、考えたくないってことです。

既に十分大変な世界にいると思っていますから』


「そうね、だからゲームとかに逃避するのかしら」


『わかりやすく結果が出ますからね』


「どういうこと?」


『現実では必死に勉強しても仕事しても、必ずしも結果が良いとは限らないじゃないですか。

でもゲームはそれだけ時間を費やしたり、課金すればそれに比例して強くなる。

わかりやすく努力の対価を認識できるんです。

遙かに頑張ろうと思えるじゃないですか』


「なるほど・・・・・・。

でもそれってなんか情けないわね、つまらないようにも思えるし」


『そうですねぇ、でも僕もやってますがやっぱり楽しいですから。

あまり取り上げるというのはやめておいた方が良いと思います』


「それはニュースの特集とか本で見て、取り上げることは止めてるんだけど、病的にのめり込むんじゃないかと心配にはなるわ」


『まだ外に出てるから大丈夫ですよ』


「そうかしら・・・・・・」


この子は震災という事があったからこそ、今の彼になっている。

でも、多くの子達はそうではない。

私にはどうしたらいいのか答えが出なかった。


「こんな事聞いて申し訳無いんだけど、被災した時のお友達はどうなったの?」


『あぁ、そうですね、自宅に戻ったメンバーの一部は死にました。

残ったメンバーは今はバラバラですが、これがびっくりするほどまともな職業に就いたメンバーが多くて』


「そうなの」


死にました、と友人にはさらっと使うのに、家族には亡くなったという言葉を使う彼に、本当に家族の存在が大きいことを実感する。


『被災した時、自衛隊や消防団の人や、多くのボランティアに救われました。

短絡的かも知れないですけど、特に自衛隊の人達を見て、純粋に僕たちにはヒーローに見えたんですよ。

あんな状況でしたし』


「ニュースでも、被災した経験からそういう道を選んだ人が結構居るなんて見たわ」


『そうですね、実際そういう方向に進んだメンバーもかなり居ます。

でも想像以上にハードで、一時は辞めたい逃げたいって始終言ってましたし、結局辞めたヤツだっています』


「でしょうね」


『でもそんな話は美談になりやすいから取り上げられるのであって、実際多くの人達は普通ですよ。

それに被災してる時の事を美談でその後出ていたりしますけど、実際は酷かったところもありましたし、綺麗な話ばかりじゃないんですけどね』


「そうね、私達は本当に一部しか知らないのでしょうね・・・・・・。

イチロウ君が医者を目指したのもやはり震災のせい?」


『直接の理由では無いと思うのですが、僕は家族を失って、田舎の祖父母に引き取られたんです』


「あぁ、そうだったのね」


ずっと一人ではなかった事に私は心から安堵した。

もちろんそれでも辛くて苦しいことには違いないのだろうけれど。


『その場所がいわゆる過疎化モデル地区みたいな場所でして。

昔からの診療所しか無かったんですが、そこの先生も高齢で診療所を閉じてしまって。

それでみな、大きな街まで車で1時間以上かけて行くんですよ。

それを見ていて、こういうところこそ医者が必要なのだと思ったんです』


私はそれを聞いて、正直私はその理由から医者になることに賛成できなかった。


少しの間とはいえ、ずっと昔とはいえ一時は看護師として働き、医師のハードさは目の前で見てきた。

地方のクリニックでパートもしてみて、その土地土地や病院により、患者との向き合い方も違う事を知れた。

辞めてからも、やはり医師や看護師に関わるニュースは気になってしまう。

過疎化での医師の問題は急務だが、簡単にだからそこにいけば良いという問題でもないと私は思っていた。


「イチロウ君はすぐそういう場所で働こうと思ってる?」


『はい』


「色々な人達からそういう場所での勤務について聞いたことは?」


『あります。皆割と否定的ですね』


「これは、老婆心からというか、私の意見として聞いて欲しいんだけど」


はい、という少し強ばった声が返って来た。


『出来ればすぐそういう場所に行かずに、ある程度大きな都市、大きな病院で幅広く経験をしておく方が良いと思うの。

何でかというと、過疎地はそれこそどんな病状の人でも来るから。

それこそ出産から骨折まで。

一つの科に専念できないのに幅広い知識は必要になる。


そうかと思うと、地域によってというか病院によっては思ったより同じ治療ばかりすることが多いから、新しい経験や技能や情報を得にくい。

その分相当な努力をしないとあっという間に医療の進歩に置いていかれるわ』


「それは、理解してるつもりなんですが」


『だからこれは一つの考えだけど、まずは救急救命を力入れている場所に行くと良いと思うの』


「いわゆるドクターヘリとかにも対応しているとこですね?」


『そう。それだと過疎地との連携も勉強できるし、もの凄い経験が出来ると思う。

けど、恐ろしいほどに心身共にハードだけど』


答えが返ってこない。

おそらく考えているのだろう。

しばらくして声がした。


『救急救命の分野は興味はあったんです。

もう少し情報を収集してみます』


「ごめんなさい偉そうに。

素人の一意見だから」


苦笑いでそういうと、あの、と呼びかけられる。


『看護師には復帰しないんですか?』


「それは・・・・・・無理よ」


『なぜ?』


「子供が居るし、なんせ現場から離れすぎたもの。

元々も経験も少なかったから、ほとんど何も知らない素人とかわりないわ」


『なんだかやらない理由を探して言ってるみたいですね』


「えっ?」


急に呆れたような声にびっくりした。


『あっ、すみません、偉そうに。

純粋に勿体ないと思って』


「いやいや、いいのよ」


『聞いていると、未だに気にされてますよね、そういう業種のこと』


「そうね、何だかんだいって必死に勉強して取った資格だし」


『なら、看護師が不足してるのはご存じですよね?

特に高齢化で訪問介護の要請は増え、本当に看護師は不足しています』


「そうね」


『なら復帰されては?』


私は黙ってしまった。

復帰したい、というだけで出来る訳では無いこともわかっているからだ。


『そもそもこの宿り木カフェに登録した理由は何でしたか?』


急にそう問われ、そう言えば、と思ってしまった。

家族のことに疲れ、自分は一体何なのか、専業主婦を持つ子供にとってどうおもうのか、とかそういう事だったのに、彼と話していて、全然違うことを色々考えてしまっていた。


『私の存在意義に疑問、と書かれていたようですが』


「あはは、そんな事書いていたのね。

そこで今見られるの?」


『はい。

お客様の目的をいつも確認するように言われていたのですが、話すのに慣れてしまうと、なんだかその時その時の話題で進んでしまうのだと経験しています』


「そっか、私が初めての客なんだっけ」


『そうです。

いや、本当にスタッフって難しいですね、ってこんなことお客様に言う事じゃありませんでした』


「そう?別に私は気にしないわ。

それに私なんて最初書いたそれを、忘れかけてたくらい。

イチロウくんの話を聞くのはとても勉強になるから」


『だとしたら、これはこれで良いのかな』


うーんと悩んだような声が聞こえる。

そんな彼に私はくすりと笑ってしまった。


『でもやはり最初の目的はそれなりに話すべきです!

もう時間ですし、これは次回お話ししましょう』


「そうね」


『貴重なご意見ありがとうございました』


「ごめんなさいね、こちらこそ偉そうに」


『いえ、それでは』


通話を終え、ヘッドフォンを置く。

夕飯を買いに行くまでまだ時間はある。

私はついでに本屋に寄ってみようと思った。





夜、早速一冊だけ買ってきた参考書を開く。

さすがに基礎の基礎は変わらないのだなとパラパラ呼んでいて思いはしたが、驚くほどに思い切り忘れている。


もう40歳を軽くを越えている。

こんな歳からあの時ですら四苦八苦していたものを覚えられるものだろうか。


足音がしてそちらを見れば、息子が飲み物を持って不審そうにこちらを見ている。

また変なことでも聞かれると思って何も聞かないのだろう。

私は苦笑いを浮かべた。


「ゲームも良いけど、睡眠は少しでも取れるようにある程度で寝なさいよ」


その言葉を聞いて、息子は目を丸くした。


「何ソレ、気持ち悪りぃ」


「なによ、気持ち悪いって」


「ゲームは良いってなんだよ、そんなこと言ったことないじゃん」


「そうだっけ?」


「そうだよ。何で急にそんなこと言うんだよ」


「何でって」


不審そうな目で聞いてくる。

考えて見れば、息子がこんなに話しかけてくるのも珍しい気がした。


「あんた、ゲーム好きなんでしょ?」


「そう、だけど・・・・・・」


「じゃぁ仕方ないじゃない。でも高校生なんだし、それをコントロールするくらいの努力は出来るでしょ?

ゲームで努力出来るんだし」


「ゲームの努力と一緒にすんなよ」


「なんかダサいわね、それ」


私の返答に思い切り顔をしかめると、ぷい、と部屋に戻ってしまった。

そうやら何かまた息子の機嫌を損ねることを言ってしまったようだ。

私はそれがわからずため息をついた。


そして目の前の何も書き込まれていない、新しい紙独特の香りがする参考書を見る。

分厚いのにこれでまだ1冊目。

こんなものを家のことをしながらやれるだろうか。

第一やりなおして、仕事なんてあるのだろうか。


今度はネットを開いて、求人情報を見てみることにした。

すると思ったよりも出てくる求人数に驚いた。

しかし求人内容が介護職が多い事、時間や曜日の縛りが多いところも多かった。


「そりゃそうよね、働いて欲しいんだもの。

長い時間、長い期間がいいわよねぇ」


でも個人病院もかなり求人が出ていて、そういう場所を見ると、短い時間でもとか、ブランクがあってもという事が書いてある。

復帰なんて考えたことが無くて、さすがに求人情報なんてまともに見たことが無くて、時代が変わったせいかこんなにも内容が変わっていることに驚いた。

そして、短い時間なら、ブランクあってもいいのなら、なんて思ってしまう自分が居る。

その為にはやはり勉強が必要だというのに。


「子供達には勉強しろっていうのに、自分は面倒だなんて。

でもねぇ」


私は再度ため息をついた。



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