第16話
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「楽しそうだね」
コピー機で書類のコピーを取っていたら、ふいに後ろから課長に声をかけられた。
違う意味で驚きそうなのを隠し、ちょっと驚いた振りをして普通に答える。
「そうですか?」
「例のおっかけのせいかな?」
後ろの方から、ぶっ!という笑い声がして振り向くと、先日更衣室でおっかけの話をした同僚達がいた。
「そ、それはあまりこういう場所では」
周囲を見回し戸惑い気味にそう言うと、課長はほどほどにねと言って、おかしそうに笑って去っていった。
「遊ばれてるね」
「あそこで吹き出さないで下さいよ。
というか課長にバラしたんですか?酷い」
私がそういうと、さっき吹き出した同僚がにやりと笑った。
「お気に入りの林さんが他の若い男に夢中で、課長も面白くないのかも」
「え?どうしてそうなるんですか!?」
思わず焦ってそう言うと、にやにやしつつ彼女は言葉を続ける。
「だって課長、林さんには優しい顔するもの」
私はすぐに言葉が出なかった。
そんな事知らなかったし、以前と課長が私対する態度なんて変わらないと思っていた。
まさか他の人からそんな風に思われていたなんて。
どうしよう、変な勘ぐりを周囲がしだして課長の迷惑になってしまったら。
私は内心もの凄く焦ってきた。
「まさか!課長は誰にだって優しいじゃないですか」
「そうかなー気のせいかなー」
「からかって遊んでますね?」
「うふふ、じゃぁそういう事にしておいてあげる」
面白そうに私を見ると、彼女は仕事に戻り、私は印刷物を持ってその場を離れた。
自分の席に戻り未だ心臓がどくどくしている。
不倫がバレてしまう恐怖が襲ってきて妙な汗が浮かんできた。
早く彼と話がしたい。
こんな不味い話、すぐに伝えなければならないのでは無いだろうか。
しかし彼はここの所仕事が忙しく、次のデートの予定も立てられなかった。
会社内で二人だけで会うのはどの場所であったとしても禁止にしていたし、連絡は専用のSNSを使っていたが使う時はかなり気を使っていた。
とりあえず私はお昼に外に出た時に、こういう指摘をされ、心配している事をSNSで伝えた。
その夜家に居るとSNSで彼から連絡が入り、今電話が出来ないかとの事だったので、すぐにOKのスタンプを押して返す。
彼から電話がかかってきてすぐに出る。
「お疲れ様です。もしかしてまだ会社?」
『お疲れ様。
そうだよ。まぁここは会議室で誰もいないから安心して』
「あの、ごめんなさい、あんな内容送って」
『いや、これは俺の失態だ。
無自覚にやってたんだろう、今後は気をつける』
「うん、こっちも気をつける。
でもその、実はそんなこと聞いてまずいと思いつつ嬉しかったりしたの」
『そうか、この頃会えていないからね。
なら今度会うときには思い切り甘やかしてあげるから』
「・・・・・・うん。
まだ仕事があるんでしょ?
早く済ませてお家に帰ってあげて」
『ここの所ずっと0時過ぎだったからなぁ、そうするよ。
気遣いありがとう。じゃぁ』
通話が終わっても顔がにやけてしまう。
こんなことがあって幸せだと思わない訳が無い。
私は早くリュウさんにこの話がしたかった。
『言うねぇ、その彼氏』
彼との電話での事を報告したら、楽しそうにリュウさんは答えた。
「まずいことだなと思いつつ嬉しくて」
『それはそうだろうね、特別って事だから』
特別。
その言葉を口に出し、顔がだらしなくなってしまう。
会社の話をして、リュウさんのお相手はどんな女の子だろうかと聞きたくなった。
いや以前から気になっていたけれど。
「リュウさんの彼女さん達は会社の人ですか?」
『はは、まさか。
自分の雇ってる子達には絶対手は出さないよ。
面倒なことになるからね、それこそ君達のように』
「そ、そうですよね・・・・・・。
じゃぁ、その彼女さん達とはどうやって知り合ったんですか?」
『色々かなぁ。
こういう仕事してると色々な人と会うから』
「そうだ!前回聞けなかった相手の女性達の話を是非詳しく!」
『おや、覚えていたか、残念』
リュウさんの声は全く残念そうじゃない。
むしろずっと私を面白そうに観察している感じだ。
「やっぱりモデルとかそういう美人な方々ですか?」
『先に言っておくと、僕はイケメンとかでは無いからね?』
急に真面目な声で言われ、私は思わず吹き出した。
想像ではきっと格好よくスーツを着こなし、どんなときでも余裕在る表情で社長室にいそうな気がする。
『ということで僕の外見目当てでは来ない。
要は中身で勝負というとこかな』
「社長さんなら近づく女性は多そうですね」
『それは否定しない。
けどね、僕の彼女たちは、そういうのに興味のない子達ばかりなんだ』
「そうなんですか?」
『そう。
そういう肩書きに興味のない子を落とすのが僕の楽しみの一つ』
「なんか悪趣味ですね」
思わず呟いて、しまったと思った。
段々張っていた緊張が解けて、するする口に出てしまっている。
失礼なことをして嫌がられたのではと思ったのに、向こうからは軽い笑い声が聞こえた。
『強いて言えば、狩りをする男の本能だとでも思って欲しいかな』
「うわぁ」
『そういう君も狩られた獲物でしょうに』
「えっ?」
リュウさんの突然の言葉に驚く。
駆られた獲物、宿り木カフェに行き着いたことだろうか。
それとも彼とのことを勘違いしているのだろうか。
「それって不倫の事ですか?
いえ、あれは私が強引に迫って」
『例の初めての夜、彼は避妊具を持っていたんだよね?』
「え?はい、そう言えば」
『おかしいと思わなかった?
何故持っているのか理由を聞いたことは?』
「いえ、何も・・・・・・。
初めてでしたしそういうものなのかなって。
そもそも疑問に思ったことも無かったので、理由も聞いたことは無いです」
また向こうからは押し殺したような笑い声が続いていた。
私には何が何だかさっぱりわからない。
『そうか、彼も酷い男だな』
「リュウさん、さっきから意味がわからないです」
揶揄われたままで、私は流石にムキになったように言った。
ごめんね、と言うリュウさんの声は笑うのを我慢しているようだった。
『あのね?
彼はずっと前から、君を狩りのターゲットにしていたんだよ』
「・・・・・・え?」
『彼は転職組だっけ?
前の会社でも食べていたかもしれないね、慣れているところを見ると』
私は呆然としていた。
狩りのターゲットって何?
課長が前の会社でも私にしていたようなことをしていた?
『聞いていると僕に近い部分がある。
だから彼の事が、考えが割ととよくわかるんだよ。
彼は君のことが気に入って、君の方からけしかけるように罠を張ってじっと待っていたのさ』
「まさか・・・・・・」
『普通部下との出張で避妊具持参するかな?
あわよくば君としようと万全の体制で臨んでいたんだよ。
さて、彼女はこのパターンだとどうでるかなって、心底楽しみに過ごしていたと思うよ?』
「そ、それは私の仕事ぶりを認めていた訳じゃ無いって事ですか?
したいから、なんか落としやすそうな女だから、あのプレゼンに同行させたってことですか?!」
思わずどんどん声が大きくなる。
私は彼に仕事ぶりを認められてプレゼンを任されたのだと思っていた。
それが身体目的で安く見られていたとしたなら、私はどうすれば。
『勘違いしないでね』
落ち着かせるような声が聞こえた。
『彼は君の仕事ぶりを認めているよ。
聞いていると出世にどん欲であるようだから、そこは分けているだろう。
まぁ、これは僕の話だけど、必死に頑張っている子で自己評価が低かったり、あまり褒めて貰える機会が無くてまだまだ伸びるのにもったいない、という子がいると、育てたくはなるね。
そういう子を振り向かせて、僕がどんどん自信をつけて仕事で伸びたり、女性として美しくなっていくのを側で見ていると本当に嬉しいし楽しい。
彼女たちが自信の源になるよう、自分もイイ男であり続けようと生きる活力になるんだ』
最後は嬉しそうにそう話すリュウさんの言葉を聞いて思いだした。
「そういえば彼が、私のおかげでエネルギーをもらえてるって言ってました」
『だろうね。
もちろんそこには、オスとして若い女の子を抱けている事と、自分が可愛がっている子に慕われているほどの自分であることに喜びもあるんだけども。
ようは君に呆れられないように努力しようと思える、そういうのが活力になるタイプなんだろう。
やはり、僕に近いね』
「男性ってお金や地位が活力になるんじゃないですか?」
『あぁそれは当然。
だからもっと欲しくなるのさ、自分はどこまでやれるのかって。
仕事も出来て、家族もいて、彼女も居て、全てを満足させる、最高だろう?』
リュウさんは、さらっと凄い事を言った。
私は全く知らない人種と話しているようで、なんだかわからなくなっていた。
私なんて日々の仕事でヘトヘトだった。
彼との関係が始まって私に癒やしを、女性としての満足感を与えてくれていると思う。
それが大切な幼なじみを無くし、誰にも言えないイケナイコトだとわかっていても、怖いくせに私にはまだ止める勇気なんて無い。
だけれどリュウさんはこんなにも自分がしていることを、まるで誇りのように話しているように思える。
それは罪悪感との狭間にいる私には、同じ不倫をしていても信じられない部分だった。
「なんというか、リュウさんみたいな人ってほんとに存在するのか疑問に思えてきました」
『証明しろと言われると困るけど、君が知らないだけで僕のような事をしているヤツなんてそれなりにいるよ。
まぁ君には刺激が強すぎるかも知れないけれど、僕は今の生活がとても気に入っている。
こうやって獲物になった可愛い女の子とも話せる訳で』
何故か、ネットの向こうの見たことも無いリュウさんが、私のすぐ目の前で何か獲物を狙う男性のような笑みを浮かべているような気がして、ぞくり、とした。
『おっと、怖がらせたかな。
いけないいけない、つい狩りモードが』
「そんな恐ろしいモード、切っておいて下さい!」
『ごめんね、つい』
「ついじゃないです!
なんかぞくりとしたじゃないですか!」
『おやおや、本当に彼に良いように仕込まれているようだ』
「なんか彼を凄い生き物みたいにしてませんか?」
『そうかな?今度聞いてごらん?
実は前から私を狙っていたんですかって。
あぁ、ただそれで彼の寝た子を起こすようになっても僕は責任を持てないけれど。
それに』
「そ、それに?」
『きっと君に親しい男が出来たことに気がつくだろう。
嫉妬心を酷く煽ることになるから、そのあたりも覚悟して行動してね?』
本当にリュウさんは楽しそうに話している。
むしろ話してきたら面白そうなのに、って感じだ。
彼に聞いてみたい。
聞いてみたら、一体彼はどんな反応をするのか。
「でも嫉妬なんて、あの彼がするでしょうか?」
『そうだね、一度はそう見せないようにするかも。
でも間違いなく闘争心に火をつけることになるからね。
我慢してやっと手に入れた獲物を、今じっくり独り占めして味わっているんだ。
それに他のオスの匂いなんかついてたら、それはまずいだろうねぇ』
「いや、単にここで話しているだけですし」
『匂いというのは比喩だ。
ようは君の脳内に、自分以外のオスがいることが許せないのさ』
「それは、リュウさんもそうだからわかるんですか」
『そうだよ』
段々彼とリュウさんが重なって感じてくる。
彼が私に嫉妬してくれるのかも知れない。
いつも心だけは私の方が大きく思っているように思えている。
だけどもし煽ることが成功すれば、それは彼が私をどう思っているのかが分かるわけで。
『・・・・・・今、煽ってみたいと、思っているだろう?』
ゆっくりとそう言われ、図星を疲れた私は思わずごくりとつばを飲み込んだ。
『いけない子だね、自分から罠にはまりに行くなんて』
本当に余裕ある笑みで、楽しそうに笑うリュウさんを勝手に想像する。
もしもリュウさんに出会ってしまったのなら、私はあっという間にこの人の罠にはまり、その手へ落ちてしまいそうだ。
「私、実際にリュウさんに会わないで良かったと思います」
『そうだろう?
ここのシステムは非常にありがたいよ、お互いにとってね』
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