第14話
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あの出張で彼とは一線を越えた。
実は初めてだと言うと、彼は本当に優しく愛してくれた。
これで本当の愛が詰まっていたら、どんなに凄いだろうというほどの優しく、そして情熱的な夜だった。
私はこの事で、仕事に悪い影響があることは覚悟した。
あれだけ必至に彼に認めてもらおうと努力したことを、酒の勢いをかりて全て無にするようなことをしたのだ。
だが彼は驚くくらい今までと同じように接してくれた。
またミスした時やはり1人呼び出された。
もしかしたら、なんてふしだらな事がよぎったけれど、彼は一切私に手を出すどころか、触れもしなかった。
私はもうあれで終わったのだと思った。
ひとときの事だったとしても、憧れた彼に抱かれた記憶があっただけで私は嬉しかった。
けどまた2人で出張があり、今度は彼から求められた。
彼が私と出張にいけるよう、上手く仕事を作ったと聞いて驚いた。
「こっちが理性を必死に押さえているのを楽しんでいたのか?」
荒々しい雄の表情と声で、私は再度彼に抱かれた。
前回とは全く違うものを彼から与えられ、それを味わいながら、自分がかわっていく気すらした。
周囲から一目置かれ幹部候補と言われ、家族もいる彼が、余裕無く自分を求める姿は、何の取り柄もなかった私の承認欲求を恐ろしいほどに満たしてくれた。
気がつけば、月に一回の逢瀬を楽しむ間柄になっていた。
そう、言ってしまえば不倫だ。
まさか私がそんな事をするなんて、一番私が驚いている。
でも、私はもの凄く充実していた。
熱心に仕事に励み、尊敬する上司に厳しく時には優しく指導をうけ、彼と食事にでかければ素敵なレディのような扱いをされ、ベットでは子供の様に私を求める。
それこそ夢のような時間のような気がした。
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「ねぇ、林さん、この頃綺麗になったわよね?」
「え?」
「そうそう、私もそう思ってた!」
朝、更衣室で着替えていたら、そんな事を同僚達に言われた。
「なーにー?彼氏が出来たの?」
「そうだと思った!
なんか子供っぽさ抜けて色気が出てきたというか」
「なんですかそれ」
私は皆から興味津々に詰め寄られ、驚いてしまう。
驚きながら、頭の中が真っ白になりそうなのを悟られないように笑顔を浮かべる。
「で、彼氏いるの?」
「いません!いません!」
私が必至に否定すると、みんなじろりと私を見た。
「嘘だよね」
「嘘よねぇ」
「そんな」
私が否定しても皆は納得していないようだ。
ここで課長との関係が公になってしまったら、彼が今までしてきた努力を潰してしまう。
そんなことは絶対出来ない。
「その、ここだけの話にしてもらえますか?」
私は小さな声で本当に困惑した表情で言うと、みんな、面白そうに近づいてくる。
私は一応何かあった時のために仕込んでおいたものを、こっそりと取り出す。
「私の大好きな人です・・・・・・」
みんながその写真を見て、固まった。
「これ、今人気急上昇のイケメン俳優君でしょ?」
「今度の朝ドラに抜擢されたって言う」
そう言うと私を一斉に見る。
信じられない物を見る目。
だがここで信じて貰わなければならない。
「その・・・・・・彼のおっかけをしてることは内緒にして頂けると」
「嘘!おっかけしてんの?!」
「実は前回の出張、現地解散にしてもらってそのままロケ地に行ったんですけど、後で課長にばれまして」
「前回の出張でそんな事してたの?!」
「もちろん業務終了後ですよ?
まぁ打ち上げしようという課長のご厚意を断ってしまいましたが」
えへへ、と笑うと、みんなが顔を見合わせている。
「なんか信じられないけど聞いたことはあるなぁ」
「友達にもいるよ、もっと凄いけどそのせいかめっちゃ綺麗になった」
「林さんみたいな真面目な子の方が、こういうのにはまっちゃったりするものなんだね」
予想外にみんなが納得してくれて、私は小さくほっとした。
反面、最後の言葉にはドキリとさせられた。
私だって、そうなるとは思っていなかったのだから。
「って事があって」
彼と同じベットでまどろみながら、先日起きた話を報告した。
「まさか君がそんな仕込みをしていたなんて」
そう言って彼が笑いながら私の頭をゆっくり撫でる。
腕枕も最初は緊張したが、今は少しでも触れていられることが嬉しい。
「だって、私のせいで課長の出世や家庭に影響するなんて嫌」
「君のおかげで、俺はエネルギーをもらえているよ、ありがとう」
優しい声で温かい胸板に引きよせられる。
幸せだ。
彼とは一緒になれないけれど、それでも私は本当に幸せだった。
一番辛いのは、この幸せを誰にも話せないことだ。
この関係も気がつけば一年も続いていた。
私はこの事を墓まで持って行くべきだと思いつつも、誰かに聞いて欲しかった。
そして、幼なじみのあの子なら、一番私を知っている彼女なら、困ったような顔で聞いてくれるかも知れない。
私は、彼女と会う約束をした日、意を決してその事を話した。
「それ、不倫よね?」
「う、うん、まぁ・・・・・・」
「あのさ、向こうの奥さんから賠償請求ってのされるんだよ?」
「それは」
「むこうは遙かにおっさんで、従順な若い子とヤレてあっちが得してるだけじゃない」
「そんな事無いよ!私は色々」
「凄く幻滅した。
そういう汚い子だと思わなかった」
彼女の表情は軽蔑、それだけだった。
私はその顔を見て、どうしていいかわからず言葉も出せない。
「もう、連絡してこないでね」
彼女はそういうと、1人お店を出て行った。
きっともう二度と彼女には会えない。
彼女なら、受け止めてくれると信じていたけれどそうではなかった。
わかっている。
こんなことはいけないことだってわかっている。
でも、幸せなの。
私は今はこれで良いの。
彼のおかげで私は沢山自信をつけられたの。
それを受け止めて貰えなかった事実にただ胸を締め付けられ、そして大切な幼なじみを一人失ったことに、私は一人、カフェで俯いた。
私はこの事を彼に話すなんて出来なかった。
しかし、唯一理解してくれると思った幼なじみに全てを否定され、切なさや悲しさや、憤りがうずまいてずっと苦しい日々が続いていた。
突然その時のことが思いだしてしまい、涙が溢れてくる。
誰かに聞いて欲しい。
説教はしないで。
不倫がいけないなんてことなんて、一番私がわかっている。
ただ聞いてくれる、安心して話せる人が欲しかった。
そんな相手はいないだろうかとネットで検索していて『宿り木カフェ』という不思議なサイトを見つけた。
女性客と男性スタッフがネット通話で話す、それもカフェで店員さんと話すような気楽さで、なんて書いてある。
まさに私が欲している事だと思い、私は規約をざっと読んですぐに登録を始めた。
スタッフ希望欄には、彼と同じ歳の30歳半ば、既婚者、仕事が出来る人、そして説教をしない人、という要望を入れた。
そして、自分がどういう状況なのか記入できる欄もあったので、既婚者と不倫関係にあることを書いた。
このことを話したい事が目的ではあるけれど、もしかして特定されたりしないかと心配もよぎった。
しかし個人情報は必要無かったし、秘密厳守との一文を信じて連絡を待った。
それだけ私はこれを一人だけで抱えていることが辛くてしかたなかったのだ。
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