Case3 会社の上司と不倫をしている27歳
第13話
私、林清香(さやか)は恋に落ちた。
その人は、同じ部署で直属の上司。
私とは10歳くらい上で、転職組で即戦力としてこの会社に入った。
本当に見事な手腕で仕事をこなし、そして男性女性関係なく気遣いをする。
そんな人を私は初めて見た。
大抵の男性上司は、気に入った女の子だけ甘かったり若い子だけ甘かったりで、同性まで配慮する人なんていなかった。
けれど、あの人は違った。
人一倍仕事をしているのを側で見ていた。
私が一度ヘマをしたとき、彼がフォローを即座にしてくれた。
あの時の鮮やかなフォローは未だに思い出すと、感動する。
でも後で、1人だけ会議室に呼び出された。
私はこっぴどく叱られることを覚悟していた。
それだけの事をしてしまったし、私は怯えながら会議室に行けば、彼に座るよう剥がされた。
怒ると思っていた彼は、淡々とどこがまずかったのか、何によりそのミスが引き起こされたのか、どう直すべきか、事細かに指摘し、そんなに私の仕事を見ていてくれたのかと驚いた。
そして彼は言った。
『君が真面目で努力しているのはわかっている。
だけどこれは仕事だ、ミスはミス、問題は放置できない。
だが失敗なんて人間である以上誰にでもある。
要はその後のフォローがどれだけ出来るかだ。
場合によれば逆に信用を得る場合だってある。
今話したことは君も理解したね?
そこを踏まえて再度頑張りなさい』
と。
彼は無駄に甘やかすような言葉を言うことも無意味な叱責もしなかった。
私のためを思って言ってくれている、それが全てから伝わってきた。
不謹慎だけれど、とても嬉しかった。
『ありがとうございます!
今後ともご指導の程、よろしくお願いいたします!』
私が頭を勢いよく下げたら、ぷっ、という声に驚いて顔をあげると、私の顔を見た途端、思い切り彼は笑い出した。
初めて見た、子供の様に屈託無く笑う顔。
恋に落ちる、私はその瞬間を味わった。
『君は面白いね』
そう言って優しく笑った彼に、私はなんとしても近づきたくなった。
あの一件後、より必至に仕事を頑張った。
そしてとあるプロジェクトのメンバーに選ばれた。
リーダーは彼だった。
ある時、地方にプレゼンに行くため、私は彼に出張の同行を指名された。
嬉しかった。
プレゼンを任せて貰える。
それだけ仕事ぶりを認められた気がした。
周囲も、喜ぶ私の背中を押してくれた。
「いや~良かったですー、ふふふ」
「うん、良かったから頑張って歩いて。
ほらぶつかるよ、前見て」
私は任されたプレゼンが大成功に終わり、そのまま取引先との会食に出席。
緊張してお酒を飲んでいたせいか取引先を見送ったあと、一気にお酒が回ってきた。
ふらふら歩く私を、彼が支えてくれている。
思ったより大きな腕が私を軽々と支えているようだ。
食事を接待したレストランが入っていたのは自分達の泊まるホテルだったので、私は余計にあっという間に緊張感が解けてしまったのと、成功の嬉しさで笑顔になる。
そして、彼が私を構ってくれることが嬉しい。
「ルームキー出せる?自分で部屋に入れるね?」
「はいー」
私は鞄からごそごそとルームキーを出して、薄い入り口に差し込もうとするけれど、入り口が逃げてしまう。
「あぁもう、貸して!」
彼は私の手からキーを取り上げると、すんなりとドアを開けた。
「大丈夫だね?入れるね?」
「はいー」
ごん!とドアに勢いよく頭をぶつけ、ずるっと倒れそうになるのを彼が支えた。
ため息が聞こえ、彼は再度私の身体に手を回す。
私は安心しきって彼に寄り抱えれば、彼は何か言いながらも引きずるようにベットまで運んでくれた。
「ここにミネラルウォーター置いておくから。
勝手に触って悪いけどスマホは横に置いておくよ?
明日朝電話かけるから」
冷たいベットでごろんと寝転がりながら、横で声をかけながら何かしている彼の腕を、むんずと掴んで勢いよく引っ張った。
どさり、と私の真横に倒れ込み、彼が驚いてすぐベットの端から立ち上がろうとするのを止めるため、私は再度彼の腕を掴んだ。
「好きです」
「・・・・・・え?」
「好きなんです」
酒の勢いって凄い。
こんな場所で二人きり。
もう告白するならここしかないと思えた。
なんとか上半身を起こし、私から距離を取ろうとする彼の腕を掴みながらそういうと、彼は目を見開いて私を見た。
「課長は、どう、思ってますか?私の事」
彼は黙っている。
私の視線から顔を逸らした。
「嫌いですか?」
「いや、まさか」
「女として魅力無いのはわかってますけど」
「いや、君は魅力的だよ」
思ってもいない言葉が彼から飛び出し、今度は私が目を丸くした。
いつの間にかこちらを見ていた彼はしまった、というように手を口に当てると、ばつが悪そうに顔を背けた。
「なら、私を女としてみてくれませんか?」
「見てるじゃないか」
「抱いて下さい」
私の言葉に、彼の表情が固まった。
彼は腕を掴んでいる私の手を、もう一つの手でゆっくりと外した。
「悪酔いしすぎだ」
「本気です」
私は起き上がり、未だベットの縁に腰掛けたままの彼に近づく。
「君は忘れてないか?俺は既婚者だぞ?」
「知ってます」
「からかうのもいい加減に」
「本気なんです」
今度は強く言った。
窓からの明かりしか無い部屋で、彼の目が揺れている。
「家庭を壊す気なんてありません。
家族のために頑張っている課長も大好きなんです。
だから、邪魔しないから」
私は彼の首に腕を回し、身体を密着させた。
さっきは手を外された。
だけど今彼は全く動かない。
心臓の音が聞こえる。
きっと自分の心臓の音なのに、この早鐘は彼の物だったらいいのにと願ってしまう。
どうか私にドキドキして欲しい。
女として見て欲しい。
「好きです」
彼の耳元で囁く。
ドサリ、という音共に、突然私の目線が天井に向く。
そこには、彼の切羽詰まったような顔。
「・・・・・・良いんだな?」
そこには、見たことも無いほどに雄な表情を浮かべる男がいた。
私はその表情が、劣情が、自分に向けられていることに全身がぶるり、と震える。
そして、静かに頷いた。
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