第12話


「本当だよね。

かならずしもこんなに心の広い客ばかりじゃないと思うけど?」


『いや、ほんとそれはそう思います、はい』


「長年やってるんなら、こういうことも時々あるんでしょ?」


『実は今まで途中で切られたことも、クレームが入ったことが無いんだ』


「えー!嘘?!」


『いや、嘘は言ってないんだ。

なので、今回はその、スタッフとしては恥ずかしいばかりなんだけど』


辺に遠回しな感じで話すオサムさんの言葉を待つ。


『君と話してて、なんというか気を許してしまったのか、まずい地が出過ぎたんだと思う。

ほんとスタッフとして未熟だと思ったよ』


少し情け無さそうにいうオサムさんの言葉を聞いて、顔が急に熱くなった。


そうか、私と話してて、気を許して、ほんとは押さえておかないといけない部分を出してしまったんだ。

そんな事を聞いてしまい、嬉しい気持ちが湧いてくる。


「ふーん、オサムさんってそういうえげつない手法、取れちゃうんだ」


『えげつない手法って何?!』


「さっきの言葉わざとじゃないの?」


『なんでさっきの情けない告白が、わざとでえげつなくなるんだ?』


「そっか、天然なんだ、これはきっと今までやらかしてるよ、オサムさん」


『いや、どういうこと?!』


本当に困惑しているオサムさんが面白い。

きっとこうやって天然で素直に話した言葉に、惹かれた女性はいたはずだ。

だって私がそうなのだから。


「オサムさん、もう少しちゃんと相手を注意深く見た方がいいよ?

さすれば結婚への道が開かれん」


『言ってる意味がさっぱりわからん!』


「オサムさんは十分に魅力的だって事だよ」


これだけ伝えればいいや。

きっとオサムさんの良さに気がつく女性はこれからだって現れるはずだ。

羨ましい。

彼とリアルで出会える事の出来る女性が。

私は、この限られた回数でしか話すことが出来なかったのに。


『その言葉、そのまま返すよ』


「えっ?」


『君は優しく強い人だ。

きっと素敵な男性に出逢えるよ』


「はは、そんな風なこと言われたの、占い師さん以来だよ」


私は少し涙を浮かべながら笑った。

オサムさんの声が、今までに無く優しく聞こえたからだ。


「税理士って優しい人が多いのかな。

相手を税理士に絞って探してみるのもありかも」


『やめとけやめとけ。

士業はほんとピンキリだから、同じ公務員で探すのが得策だって』


「オサムさんはどうするの?婚活するの?」


『何度も言うけど、諦めてるから特に何もしないよ』


「『宿り木カフェ』やってたら、いくらでも女性と話せるもんね」


『そういうつもりでやってた訳じゃ無いけど、そうか、それで満足してる可能性あるのかもな』


「それはよろしくないね」


『別に良いんじゃない?これが僕の生き方だし』


「フリーダムだねぇ」


『誉め言葉だと思っておくよ』


そしてまた2人で笑う。

でもこんな時間ももう終わりだ。

着々とパソコンのモニターには残り時間が表示され、減っている。


「まさか心休める場所でぐさぐさ刺されるとは思わなかった」


『大変に申し訳ありませんでした』


「もう、いいですよ。

目を覚ましてもらいました、ありがとうございます」


『こちらこそ色々厳しいご意見ありがとう』


「愛の鞭です」


『ありがたく受け取ります』


「・・・・・・もし、もしもリアルで会えたとしたら、逃げないで下さいね?」


最後、やっぱりあがいてみる。

すると、電話の向こうから小さな笑い声が聞こえた。


『きっと分からないと思うよ、腹出てるし、背も高くなくて平均身長無いし。

東京の小さな事務所で必死に働く割にそんなに収入もない、ただのアイドルオタクだから』


「それでもいいよ、声は覚えておくから」


『はいはい、その時はお手柔らかに』


今度は完全に一線引かれなかったのでは無いだろうか。

むしろ何かヒントをくれたようにすら思えて、なんだかドキドキする。


ただの思い込みかも知れない。

でも今のオサムさんの言葉は、私には違って聞こえた。

もしも本当に出会えたら、彼は困った顔で誤魔化さずに答えてくれそうな気がする。

自分があの時のオサムだという事を。


「今までありがとうございました。

友達からちゃんと独り立ちして、自分を大切にするようにします」


『うん、頑張らずに人生楽しんで。

それと・・・・・・友達のことは、あんなこと言っておいてなんだけど、もう少しだけ広い心でみてあげても良いかもしれない。


でも、無理はしないで。

・・・・・・では』


「・・・・・・はい」


どっちも最後はさようならとは言わなかった。


そして画面には通話終了の表示。

ヘッドセットを取り、私は息を吐く。

自分の顔は見えなくても、何となく微笑んでいるような気がした。


彼は人生を楽しめと言ってくれた。

東京には星の数ほど人がいる。

だが動かなければその出会いたい星に出会うことも出来ない。


色々と彼はヒントをくれた。

誰かに取られてしまう前に、彼と出会いたい。

今までで一番身勝手な行動を取りたいのに、それが不思議と楽しい気持ちにさせる。


机の端に置いていたスマートフォンを確認すると着信ランプが光っていた。

開いてみれば、そこには彩からのメール。


「さてはて、鬼が出るか蛇が出るか」


私は少しだけ笑いながら、そのメールを開いた。


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