第11話
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「こんばんは」
『こんばんは』
久しぶりに聞くオサムさんの声はとても固く感じた。
最初の時にも感じたことの無い、彼の緊張感が私に届いている気がする。
『先日のこと、本当に申し訳無かった』
ヘッドセットから、変な風切り音が聞こえた。
きっと通話の向こうで勢いよく頭を下げているのだろうことが伝わってきた。
『勝手に謎解き気分で、君の気持ちなど考えずぺらぺらと。
本当に身勝手で酷い事をしてしまった。
前回も言ったけどあれはあくまで僕が勝手に』
「あの」
私は必死に謝ろうとしているオサムさんの言葉を遮った。
「オサムさんの彩への意見と私への評価、とても辛かったです」
『申し訳無い・・・・・・』
「あの時は辛くて、とてももう聞いていられなかったんです」
『あぁ当然だ』
「でも、しばらくして冷静になってきたら、段々彩の違和感に自分は気がついていたんだとわかったんです」
『・・・・・・』
「きっとオサムさんが言ったことは当たっています」
『いや、あれは』
「私ではきっとたどり着けなかった真実です」
オサムさんから声は聞こえない。
「きっとこういう風に指摘して貰えなければ、私はずっと昔から思う私の理想の彩でなんとか切り抜けようと、全て彼のせいにしていたかもしれない。
ううん、していたと思う。
だって、私を彩が哀れんでみていた、実は離れたかったかもしれないなんて、考えたくは無いから」
『いや、まだ結論を出すのは早いと思う。
自分であんな事を言ってなんだけども・・・・・・』
オサムさんは戸惑い気味に言葉を選んでいるようだった。
「もちろん本人に聞かないと真実はわからないと思う。
でも、あんな行動を取ったってことは、私に察しろ、という事だったのかなって。
もしかしたら、最後の優しさだったのかも」
自分で言ってなんだか笑ってしまう。
本当は優しさだなんて、思っていないけれど。
『ごめん、僕のせいで彼女との長年の交流をこういう風に変えてしまった』
「ううん、冷静にずばずばと言ってもらって目が覚めたよ」
これは本音だった。
「きっと、ここが離れるタイミングだったんだね」
オサムさんは黙っていた。
私が色々言ったことで、オサムさんが好きなように言葉を出させないようにしてしまったことが、申し訳無いと思った。
「ごめんなさい。
私がこんな事言ったせいで、オサムさんが話しにくくなってしまって。
カフェの本部?とかそういうのから怒られたりしなかった?」
『君は・・・・・・本当に優しい人なんだね』
「え?」
『こんなにも身勝手に話して自分を傷つけた相手を気遣ってる』
「優しくなんて無いよ、だって親友から嫌われるような人間だもの。
私はそういう風に裏表無く、ずばっと指摘出来るってオサムさんの長所だと思うよ?
まぁ短所にもなることは理解しておくべきだと思うけど」
『ごもっともです。耳が痛い』
あはは、と私が笑うと、はは、とようやく少しだけオサムさんは笑ってくれた。
そして少しだけお互いに沈黙が続いた後、オサムさんが話し出した。
『なら、ずばっとついでで、これからまた身勝手に言うのをどうか許して欲しい。
あんな事があったのに、僕が話しにくくなるなんて思ったり本部に怒られてないかまで気持ちを向けられるのは、自分自身が辛かったりきつい状態ではなかなか出来るものじゃない。
でもそれが、ずるがしこい人間からすれば、君は本当に便利で都合良く使える人間に思える。
もしかしたら君は彼女にとって便利な存在だったのかもしれない。
だから、そういう人間とは離れて、もっと自分を大切にするために、交友関係を広げるべきだと思う』
私は真面目な声で語るオサムさんの言葉を聞きながら、何故か段々涙と鼻水が出てきた。
思わず、ずずっと鼻をすすってしまった。
『うわ!泣いてる?!
ごめん、いやほんとごめん!
もう言わないから!』
「違うんです」
もの凄く途惑っているオサムさんの言葉を否定する。
「そんな風に、真剣に私に言ってくれた人は初めてだなって思って。
考えて見たら、私がその人のためにと思ってやっていたことが、その人のためじゃ無かったのかも。
家のことも抱え込んで、きつくて仕方なかったし」
『そうだよ、あまりに君は自分の人生を人のために使いすぎていたのかもしれない。
そう思うとさ、まだまだ独身だとしても自分の好きなこと、色々やりたいと思わない?』
「アイドルの握手会とか?」
『そのツッコミやめて』
切なそうなオサムさんの返事に、また二人で笑う。
「よく、結婚だけが幸せじゃないなんて言うけど、してみないとわかんないよね」
『既婚者に言われるよなぁ、それ』
「確かに1人だと寂しいと思う時あるけどね、クリスマスとか」
『まぁリア充爆発しろと未だにシーズンが来たら呪うけど、彼女のために高い金を必至に出してるのもメンドイというか』
「オサムさんはやっぱり一生独身で良いんじゃない?」
呆れ気味に言うと、それはそれで酷くないか!と不満の声が返って来た。
「とりあえず、異業種交流会でも出てみるかなー、以前から誘われてはいたし」
思わずぼそりと呟いてみた。
『あー、出たことあるけど、キラキラしすぎてて灰になったわ』
「マジで?」
『マジで』
「なんだ、オサムさんに会えるかと思ったのに」
私が冗談交じりにそういうと、オサムさんは黙ってしまった。
取り繕うように笑いながら言う。
「ごめんごめん、冗談だって。
オサムさん、キラキラしたとこはダメだもんね」
『そう、無理』
「でも」
段々と募ってしまったこの思い。
もっと、もっとこの人と、ここ以外で話したいという、想い。
どうしたら実現できるのだろう。
「でも、私は、もっとオサムさんと話がしたい」
勇気を出して本音を伝えた。
ヘッドホンからは何も聞こえない。
その間が長く感じて、怖さからまた何か話を逸らそうかと考えた。
だけどオサムさんが話し出した。
『・・・・・・ありがとう。
あんな事を言ったのに戻ってきてくれて、担当のお客様にそこまで言って貰えるなんて。
本当、スタッフ冥利に尽きるよ』
今、完全に一線を引かれた。
僕はただのスタッフ、君はあくまで客なんだよ、と。
私はじわっと出てくる涙を必死に我慢した。
気を抜いたら画面が見えなくなりそうだ。
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