静寂 師匠メラ
それから、クオンは日々の仕事を終えると、クリエの家を訪ね、様子を見る日々が続いた。悪霊はあれ以来クリエを乗っ取ることがなかった。まるで眠っているように静かだった。だがクオンは、クリエにはいわなかったが悪霊が“その時”が来るのをじっとまっている事が直観で感じとれた。
「ソネーユ」
「ん?」
クリエの様子を見た後、風呂に入り、二人きりのリビングで、いつものように調査をしながら、クリエはソネーユに尋ねる。机には、オリエラからもらったヒントがばらついているが、しかし明確な進展はみられなかった。
「悪霊になったら、親友さえ憎くなるのかしら?」
「……クオン……」
クオンの夢を否定したいわけではなかったが、悪霊というのは自我を破壊するほどに何かへの執着を強めた存在である。その可能性は大いにある。
「クオン……あのね」
「あ、いいわ、どっちでも……ごめん、そうじゃなくて私は執着の目的を発見しなければ、きっと何か原因があるはず、私は客観的にみて“悪霊と対話”することしかできないから」
「クオン、もし困ったら……」
「わかってる……“師匠”に相談するわ」
「うん、私もついていくから」
師匠というのは強力な力をもった、ハーフフェアリーである。無口で人を嫌い、客観的な根拠をださなければ決して動かない。妖精の中でも特別な力をもつ“師範代”であり、もともとソネーユの師匠であったが、クオンが自分の力でなんともならないときに、幾度か手助けしてもらったこともある。見返りに欲するものが多いし、気難しい性格故に、クオンもそうそう頼み事をする事などできないが、特に精霊界や霊界に問題を引き起こすような事象などは、自分たちに関係があることなので、見返りもなく対応してくれることも多い。
「何かある前に、相談しなくちゃねえ」
師匠“メラ”は気難しいだけでなく、人の弱点や、欠点もずばずばいう。クオンもなんども傷つけられた。プライドというより、尊厳にふみこみそうな。まあ、人を嫌っているから仕方がない。ソネーユの話では幽霊や妖精が見えるひとでも、普通は会話や相手をすることすらない。それくらいクオンは特別だし、大事にしているらしいが。
「私、何か重要な事を忘れている気がするの、あの頃の事」
「え?」
そうオリエラが切り出したのは、カフェで今後の打ち合わせをしている時だった。
「あなたにはすべてを話しているつもりだけど、なにせ昔のことで思い出せないこともある、ただそれだけじゃない」
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