第12話

「あの子たち、大丈夫かしら。まだ、大学生でしょう? 両親がいなくなって、どうやって生活するの。安心して死にきれないわよ」

 久紀子が独り言つと、稔はぎょっとした顔をしている。

「何言ってるんだ、あの子たちはもうとっくに就職して、息子には、子どもだっているじゃないか」

「ええっ」

 あんまり驚いて、思わず立ち止まる。稔は、困惑した表情を浮かべていた。

「だって、私はまだ52歳よ。孫なんて早すぎるわよ。上の子だって、まだ大学四年生でしょう。あなたこそ何言ってるの」

「呆れたなぁ。君はもう60歳だろ。還暦の祝いだってしたじゃないか」

「ええーっ」

 久紀子はさっきよりも大きな声で、叫んでしまった。

「なんか君、僕の記憶よりちょっと若いと思っていたんだよね。もしかして、52歳の時の姿なのか?」

「そんなことって……」

 言葉を失ったが、はたと思い当たる節があった。久紀子は、常々ひそかに、自分は60歳にはとても見えない、外見は、五十代前半といったところだろう、と思っていたのだ。

 もしかしたら、ここでの姿は、亡くなったときの自己イメージなのだろうか。だとしたら、父と母の外見の差も、おばちゃんと母との、年の離れすぎた姿も納得がいく。

 父は、母より先に75歳で亡くなった上に、記憶より生き生きとしていたし、おばちゃんも、70手前で母より先に逝った。

それにしても、おばちゃんの姿はだいぶ若々しかったけれど、それこそがイメージというものなのだろう。

一方、母は、自分の歳と外見を、ありのまま受け入れていたのかもしれない。

 久紀子は、改めて稔の姿をよく見てみた。

 記憶より若いということはないのだが、少しスリムになった気がする。それに、ネイビーの麻のジャケットにチノパン、なんてしゃれた格好をいているが、実際は、よれたTシャツにスウェットばっかり着て、もっともっさりとしていた。

「きっと五十代のままのつもりだったんだろうなぁ。久紀子らしいよ」

 稔は、久紀子の心をぴたりと言い当て、けらけらと笑っている。あなただって、実際はもっとださかったのよ、と言おうとして、やめておいた。

「どうせ若返るなら、もっと若く……二十代の姿がよかったわ」

 久紀子がため息交じりにつぶやくと、稔はまた声をあげて、笑った。

「いいじゃないか。どんな姿だって、また一緒にいられるんだから」

 寂しそうに、けれど穏やかに微笑む稔を見つめて、久紀子はきゅっ、とつないだ手に力を込めた。

 その指からは、なんの温度も感じなかったけれど。

「食いっぱぐれないのはよかったけれど、やっぱりあの子たちが心配だわぁ」

 稔は黙って頷いている。

 あの子たち。久紀子の大切な、子どもたち。思い出せない名前の代わりに、目をつむって二人の顔を思い浮かべては、ただただ祈った。

 どうか幸せに、ずっと健康で、悲しみに暮れることのないように。

 目を開くと、雪がぱぁっと、みごとに明るく輝いていた。

「さあ行こう」

 稔に促され、久紀子は歩みだす。

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