第11話

「いやぁ、まあそうなんだけど。お義母さんのコロッケ、絶品だったろう。近くにいると思ったら、どうにも食べたくてね」

「はあ」

 久紀子は、間の抜けた返事をするのが精いっぱいだった。

「大体、ここって、本当に死後の世界なのか? それにしちゃあ、ちょっと……。僕は、いわゆる天国ってやつは、もっと魅惑的で神聖なものだと思ってたよ。真っ白な雲の上で、とんでもない美人の女神さまが、溢れるほど酒やごちそうを持ってきてくれる、とかさ」

 それを神聖というのだろうか? まったく呆れる。涙は、すっかり引っ込んだ。

 しかし言われてみれば、稔の指摘する通りだった。天国というより、これでは久紀子の実家周辺、そのものだ。

「確かに、ずいぶん俗っぽい天国よねぇ。私、自分は実家に帰っているんだと思っていたのよ」

「ええ? 君は本当にのんきだなぁ」

 少し前、母にも同じことを言われたな、と思い出す。

でも、そうだ、お母さん。ずっと、ずっと、会いたかった。

最期、食事も水分も取れず、沢山の点滴の管につながれて、やせ細っていく姿を見るのが、辛かった。だけど今は、あんなにも元気だ。

「あんたは本当にのんきねぇ」と、いつもの小言を、聞きたかったんだ。

 久紀子の視界が、また霞んでくる。

 お父さんに、佳代子おばちゃん。ずっと、会いたかった。

 どんな世界だっていい。やっと、また、会えたんだ。

それから、次々と懐かしい面々が、思い浮かんだ。

おばあちゃん、おじいちゃん、早くに亡くなった同級生の由美ちゃん、ミニチュアダックスの、レオも。

「私、もっといろんな人に会いたい。きっと、他にも先に亡くなった人たちが、ここにいるはずよね」

「そうかもな。僕も、両親の顔が見たい。どこに行けば、会えるんだろう」

「この街は現実とそっくりだし、お義父さんたちも、生きてる時と同じ場所に住んでるんじゃない? 墨田区に」

「ここから墨田区までどうやって行くんだよ。車もないし……」

「ゆっくり方法を探せばいいじゃない。どうせ死んでるんだし、時間はたっぷりあるでしょ。会いたい人に会ったら、私たちの家に帰りましょう」

「それもそうか。僕ら、死んでるんだもんなぁ」

 じゃあ行くか、という感じに立ち上がると、稔は手を差し出した。手をつなぐなんて、何十年振りだ、と恥ずかしい気がしたけれど、久紀子はそっとその手を取った。

 あの世に来てもなお、お腹が空いただとか、恥ずかしいだとか、あんまり変わらなくて、少し可笑しくて、ちょっぴり切なかった。


 帰るべく我が家を思い浮かべると、やっぱり子供たちのことが思い出されて、胸が痛んだ。

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