第18話 汚れ仕事
確かに一点を凝視した時の俺の視線は、凄みが増して目の据わりきった殺人鬼のように見えるらしい。
以前もそんな風に陰口を叩かれていたことを思い出し、当然ながらそんなつもりはさらさら無いので慌てて視線を逸らしたところ、
「……あ、あの、鈴木さんっ」
絵に描いたようなへっぴり腰で膝を震わせながら一人の女子が小声で話しかけてきた。
「ん? あー、藤井さん。おはよー」
「……お、おは、おはよう。……あの、鈴木さん、これ日直日誌なんだけど……」
両手でおずおずと日誌を差し出してきたのはクラス委員の藤井さんだった。
俺が休んでしまった間に環境委員に決まったことを半泣きで伝えてくれてから、それ以降は極度に怯えられっぱなしで勘違いの弁解さえ出来ずじまいだった。
「あー、わたし日直だった。わざわざありがとー」
「う、ううんっ。そ、それで鈴木さん、………………大丈夫?」
「うん? 大丈夫? なにがー?」
恐怖に怯みきった視線でチラチラと俺を見ながら藤井さんがこっそり安否の確認を取る。しかし、日誌を受け取りながら小首を傾げる鈴木さんにはちっとも伝わっていない。
「えっ、あっ、だ、大丈夫ならいいの。……け、けど、私に力になれることがあったら遠慮なく言ってね……?」
じつにけなげに主語をぼかしながら懸命に鈴木さんの危機を案じている。
だが、実際は案じているような危機的状況など起こってはいない。それでも恐怖に挫けそうな心に鞭打ち、クラスメイトを助けようとする藤井さんはクラス委員の鑑だ。出来れば、その高い向上心で俺に対する勘違いにも早めに気が付いて欲しい。
「……力に、なれること? もしかして藤井さん、わたしの悩みに気が付いてたの……?」
藤井さんの真剣な眼差しに、鈴木さんがハッとして声をひそめる。
「えっ、や、やっぱり悩んでたの……?」
「うん。でも、もう何とかなりそうなんだよ。
「――鮫島くんのおかげでっ!?」
きっと俺に絡まれていると思い込んで鈴木さんにこっそり手を差し伸べていたのだろうに、悩みの元凶とおぼしき俺の名前が出て来たことで藤井さんが愕然とする。
「うん。わたしから鮫島くんに頼んで汚れ仕事してもらったんだよ」
「――汚れ、仕事……?」
「うんそう。うちの弱ってる子をバラしてくれたの」
「――――弱ってる子を、バラして……?」
「すごく頼りになるんだよー。後始末まで完璧だったし」
「――――――後始末……?」
「今はもう、鮫島くんが袋に詰めて持って帰ってくれてるから」
「――――――――袋詰め……!」
弱っていたパキラを鉢からバラして植え替えたのだから当然ながら土で汚れた。もちろん作業を終えた後始末はきちんとして、預かって帰る際にパキラを傷付けないように大きめの袋に入れて持って帰ったのだ。
間違ったことは何一つ言ってはいないのだが、鈴木さんの単語のチョイスが考えられうる中でも最悪だ。
このままではあらぬ誤解を生み出してしまうだろう。
「あの、誤解しないでください。俺、こういったことは慣れているだけなので」
慌てて二人の間に割って入り、なんとか取り繕うために口角をぐいっと持ち上げて笑顔を作ってみせる。
なにしろ鈴木さんの説明を真に受けられてしまっては、男のくせに植物の世話好きな気味の悪いヤツだと勘違いされてしまうじゃないか。
「――ヒィッ!?」
いきなり俺から見下ろされて、藤井さんが声になりきらない悲鳴を漏らし上半身を仰け反らせて表情を引き攣らせる。
「えー、鮫島くんったら謙遜してー! あんなに手際よくなんてなかなか出来っこないよ?」
「そ、そんなことないですよ、あれくらいのことは何でもないですから……」
「藤井さんも、もし万が一やらかしちゃうことがあっても、鮫島くんにだったら安心して任せられるよー!」
「いやそんな大袈裟ですよ、俺は俺のやり方で始末付けただけですから」
「またまたー! あれだけ出来るってもう道を極めてるよ。プロ顔負けだよー!」
「やめてください、俺なんてぜんぜん見よう見まねで――」
しきりに俺の植え替え技術をべた褒めしてくる鈴木さんには申し訳ないのだが、どうしてもお花好きなことをバカにされた記憶が蘇ってしまい素直に喜べないのだ。
鈴木さんはたまたま、俺がお花に興味を持っていることを気味悪がらなかっただけなのだ。藤井さんも同じとは限らない。
そんな俺たちのやり取りを側で聞いていた藤井さんに視線を移したところ、
「えっ、藤井さんどうしたの!?」
すぐ側の机にしがみ付くように両膝をついて、スマホのバイブレーションみたいに小刻みに震えながら表情を強張らせていた。
「………………だ、だいじょ、ぶ。わ、私、なにも聞いてない、から……」
「体調悪いの? 保健室行く?」
「ひっ、だ、だだっ、大丈夫っ、ほんとに、大丈夫だから……」
「そう……?」
膝に力が入らないのか、這うようジリジリと後方へと下がって距離を取る。
そんな姿に鈴木さんが手を貸そうとしても、より一層表情を青ざめさせて懸命に遠慮して首を振る。
しかしどう見ても明らかに体調が悪そうなので保健室まで肩でも貸した方がいいだろうかと見つめていると、俺のスマホがラインのメッセージ受信を伝えてきた。
「……
「先輩から? わたしのほうには来てないよー?」
「えーと…………、少し厄介な、デカい仕事の相談みたいですね」
ガーデニング部のこれからの活動として、花壇の本格的な整備に取り掛かりたいらしいメッセージが送られてきた。
だが、スマホを扱い慣れていないのだろう白崎先輩の暗号みたいな文面はガタガタで要約するのも一苦労だった。
「厄介な仕事? ……なんだろう、身体を使った仕事かなー?」
「そうですね、深く穴を掘るのは体力勝負になりますから……」
ガタンッ、と物音に振り返ると、藤井さんが教室隅の友達のところへと這いずりながら向かっている途中で椅子を倒したようだった。
「――、――――ッ」
「えっ、藤井さん本当に大丈夫っ!?」
「――ヒィィ!? だっ、だい、大丈夫っ! 本当の本当に大丈夫っ! 私、なにも聞いてないからっ! ご、ごめんなさいっ!!」
鈴木さんに声をかけられた途端、総毛立たせて両手をぶんぶん振りながら半泣きの藤井さんが一気に後退って叫ぶ。
「真奈ちゃん、へ、平気っ!?」
「あんまり聞こえなかったけど何の話してたのっ!?」
「えっ、えっ、もしかして鈴木さんもソッチ側の人だったのっ!?」
教室隅で事の成り行きを見守っていた友達三人組が這々の体で逃げ出してきた藤井さんに手を差し伸べて抱え上げる。
「ひっく……、ひっく……、弱らせて、解体して、袋に詰めて、ひっく……、穴掘って、埋めるって……」
藤井さんが顔面蒼白で嗚咽を漏らしながら切れ切れに言葉を紡いでいる。
「え、なにそれ……、なにを解体して、埋める……?」
「ちょっ、シャレにならないやつじゃないのそれ……?」
「け、警察行こうよっ、もう無理だよっ!?」
三人の女子たちが藤井さんを取り囲むように抱き寄せながら説得を試みているが、
「――だ、ダメッ、そんなタレコミしたってバレたら私が埋められちゃうよ……っ! うええぇぇぇん……っ!」
ついに堪えきれなくなって泣き出してしまった藤井さんが、激戦地の負傷兵のように両脇を抱えられて教室から連れ出されていった。
「藤井さん、クラス委員の仕事が大変なのかなー? 疲れてるっぽかったしー」
「いや、なにか変な誤解をしてるような……」
俺がこんな見た目のくせに花が好きだと気付かれずに済んだようだが、何か別の方向で盛大な勘違いをされてしまった気がする。
まあ、そっちについてはもう仕方ないので放っておくしかないだろう。無理して弁解すればするほどおかしくなるのはわかりきっている。
【……ふぅ。太陽の子の興味を逸らしてくれてありがとう。助かったわ……】
ベゴニアがやれやれと安堵の息を漏らしながら礼を述べてくる。
そうだった。そもそも太陽の子と呼ばれている鈴木さんの謎を解き明かそうとしていたのだった。
藤井さんに話しかけられたせいで話題が逸れてしまい、うやむやになって結局わからずじまいだ。
放課後までに何か調べる別の手段がないか考えたいところだが、白崎先輩から届いた厄介な仕事という謎のキーワードも気になる。
ひとまずこちらを優先して何が厄介なのかを確認した方がいいだろう。
それ以前にまず、先輩にメッセージの変換の仕方を教えた方がいいかもしれないな。送られたメッセージを解読して確認するという、無駄でしかない二度手間に時間を取られずに済むだろうしな……。
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