第4話 防衛寮

 ビギンに着いてから数日が経ったある日、お姉さんが僕の住んでいる宿を訪ねてきた。

 やはり目的は軍部への入隊の件だった。豪族のお姉さんからの推薦もあったお陰か、時期外れの入隊が許可された。


「じゃあ今から防衛寮に来てもらおうかな?特に用事とかはないわよね」


「大丈夫だよ。お姉さんのおかげでお金には困らなかったから今日までずっとヒキニートでしたよ」


「あはは……私が君のことを腐らせちゃったかな?」


「まあ部屋で自重トレーニングを続けていたから鈍ってはいないと思います」


 お姉さんと少しの談笑をしてから防衛寮へと向かった。防衛寮に近付けば近付くほどガタイのいい男が増え始めた。稀に身体の細い女性も居たが、きっと【変態】の力を持っているのだろう。

 防衛寮を間近で見るのは数日ぶりだが、やはり中央の城に負けず劣らずの大きさを誇っている。

 

「では中に入りましょうか」


「やっぱり軍部の本拠地ってこともあってガタイのいい人が多いですね」


「野生の力を持たないヒトは自分の膂力に頼るしかないからね」


 野生の力に目覚めるのはひと握りの才能のある者だけだ。そのため軍部に所属している軍人たちの大多数は野生の力を持たない一般人だ。

 逆に言えば一般人だらけの軍部に野生の力を持つ者が入ったとなれば簡単に成り上がることが出来るだろう。

 お姉さんの第4軍団の本部がある部屋へと向かっている途中に細身で狐目の男に絡まれてしまった。


「これはこれは第4軍団軍団長のノビア中将ではないですか」


「……ヘンリー少将」


「あー、貴女は居なかったから知らなかったんですね。では改めて第3軍団軍団長ヘンリー・ノルン中将です」


 お姉さん……ノビアさんとヘンリーと呼ばれた男は何か因縁でもあるのか、ノビアさんは顔をしかめていた。

 ヘンリーはノビアさんが街の外の村を従属させる任務に出ている間に少将からノビアさんと同じ中将に昇格していたらしい。


「そちらの君は……なるほどノビア中将は父ザッバイ元帥の権力を使ってその男を入隊させたってことですか」


「なっ!?父上は関係ない事だ!!彼の入隊に父上は一切関わっていない!!」


 ノビアさんは元帥である父親にコンプレックスを抱いているのだろう。だからヘンリーの見え透いた挑発にも乗ってしまったのか……。

 そしてヘンリーという男は何故元帥の娘であるノビアさんに絡んでいるのか、もし事件でも起こしたら消されるのはヘンリーだと言うのに……何か強い恨みでもあるのか、それとも消されない自信があるのか……どちらにしても警戒しておいて損は無いだろう。


「まあそうしておいて上げましょう。君も気を付けて置いてください……彼女の【変態】は特殊ですから」


 特殊……?そもそも【変態】というもの自体が特殊だと言えるのにそれよりも特殊とは何を指しているのだろうか?力の全体図が見えない僕の力も特殊なのだろう。

 それを言い残してヘンリーは防衛寮の外へと出て行った。その場に残ったのは暗い顔をしたノビアさんとどう声を掛けていいか分からない僕だけだった。

 その暗くなった空気を読んで近くにいた軍人たちは近付いてこないので、この空気は僕かノビアさんのどちらかが何とかするしかないが、僕にこの空気をどうにか出来るほどの話術を持ち合わせてはいない。

 だからノビアさんよ、明るくなくても歩き出すだけでもいいからこの空気を変えてくれ。


「……じゃあ第4軍団の本部に向かおうか」


「……!?そうですね」


 何も無かったことにしようとしているのか?別に父親について話さないは構わないけど、この空気が重いままはキツいよ。


        ◇◇◇◇◇◇


 第4軍団の本部は防衛寮の大きめの部屋一つが割り振られていた。そこの部屋には二人の人がいた。片方は筋骨隆々の肉体で背中には大剣を背負った女性が、もう片方は細身ながらも引き締まった肉体に拳にはガントレットを付けた人だ。


「ノビア中将戻ってきていたのか?」


「戻ってきたってことはある程度の従属が終わったんですね」


 最初に言葉を発したのは筋骨隆々の女性だった。そしてガントレットをつけた人物も声を出したが、見た目通りの可愛らしい声をしていた。


「ええ、最後の村以外は従属に応じてくれたわ」


「最後の村って……ああ、森にあった村か。確かあそこには野生の力を持つ男が居たとか情報局が言ってたが、反抗でもされたのか?」


「その逆よ。その村は兎に滅ぼされたみたいよ」


「兎だァ?【変態】があるのに草食動物ごときに負けたとかどんだけ弱い力なんだよ」


 あの兎は目の前にいる女性は雑魚だと言った。確かに今の僕が【変態】を使えばあの兎程度なら倒せるかもしれない。

 

「軍人とかにならない【変態】持ちは一般人との力の差に驕って鍛えようとしないから、小さな村の【変態】持ちなんてどこもそんなものよ」


「じゃあそいつは【変態】がなけりゃあ努力してたのかねぇ……まあしてねぇだろうな。それがそいつの本質なんだよ。だからそいつが軍人になってようと大成するような器じゃねぇよ」


 彼女の言葉から察するに彼女は【変態】持ちにいい感情は抱いていない。でもその感情が彼女を師団長という地位までのしあげたのだろう。

 

「それでそっちの青くせぇガキは何処のどいつだ?中将の彼氏とか言わねぇよな」


「その潰された村の生き残りよ。彼自身が軍人になることを選んだの」


「何言ってんだ中将。そいつは軍人になるしか道は無かったんだぞ?」


「……?どうして?」


「この街に外からきた新参者を簡単に受け入れる店はねぇ。それに受け入れられたとしても【変態】があるなら軍人になるより儲かる仕事はねぇんだよ」


 彼女の言う通りだ。最初は彼女が外聞を気にして遠回りして僕を軍部に入れようとしていると思っていたが、彼女は天然なのだろう。

 僕が軍部に入らざるを得ない状況になったのは必然だったし、良く考えれば豪族である彼女が外聞を気にする必要はあまり無いだろう。


「そうだったの……気付かなくてごめんなさい」


「気にしないで下さい。僕の村が滅んだ時点で軍人になるのは必然だったので」


「よう分かってるな坊主。だが必然ではねぇな。坊主がノビア中将に出会わずに小さな村に入って野生の力で平民長になってから中央の役人になるルートなら軍人にならずに稼げるようになったはずだな。まあ簡単な道ではないが……そういう道もあったって話だ」


 確かに彼女の言うルートなら危険に身を投じる軍人にならずともお金を稼ぐのは可能だろう。だがノビアさんと出会う前の僕が平民長になることは無かったはずだ。彼女が思っている以上に従属していない村は物事を知らないのだ。

 だから彼女と出会っていなかったら僕は力を誇示するような真似をせず隠して、普通の平民として人生を終えていただろう。


「まあ最低限の力があるなら別に入隊は構わねぇよ」


「僕もノビア中将が許可するなら構わないです」


「じゃあこれからよろしくね。えーっと名前聞いてなかったね」


「僕の名前はユーマです」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


主人公改めユーマ

お姉さん改めノビア中将

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