第2話 ヒトとの邂逅

 熊の絶命が確認出来た途端に僕の脚は強烈な筋肉痛のような痛みと共に元に戻っていた。

 この症状は初めて『変態』をした際に現れる症状だと頭では分かっているが、まだ信じられなかった。この歳で野生の力が発現するなんて話は聞いたこともないし、それに兎の脚力はかなり強力な力となり得るだろう。この力を発展させていって兎の力を全て使いこなせるようになれば現代の動物だろうと簡単に仕留められるはずだから……。

 痛みと初めて野生の力を使った疲れで僕は周りの気配を探る前に眠りについてしまった。


        ◇◇◇◇◇◇


 僕が目を覚ました頃には明るかった森は真っ暗になっており、僕が半日近く寝ていたことを表していた。

 僕は半日寝ていたことなんかよりこれからどう生きるのかを考える必要があった。痛めつけられていたとはいえ寝床のあった村はもうない。それに村にあった畑は兎に荒らされたことで食べられない。

 僕はこれから自生する植物を採ったり、動物を狩ったりしていく自給自足の生活を送らなければならないのだ。

 一応昼間に狩った熊が居るが、ただでさえ臭みの強い熊の肉で血抜きもしてないとなれば食べられるものでは無いはずだ。

 だから僕は食と拠点を求めて森を進むことにした。

 夜の森は昼間の森に比べて見通しが悪く、すぐ近くで獣が僕のことを狙い息を潜めているように感じられた。これが勘違いならばいいのだが、可能性があるため警戒し続けなければならないため、夜の森は僕の集中力を削り続けていた。

 集中力を削られて注意力が散漫とし始めた僕を狙って獣が動き出した。


「――っ!!?」


 注意力が散漫としていた僕は不意をつかれてしまった。近くの草むらから飛び出して僕の死角を突いた獣は猫と呼ばれる動物だ。

 猫という獣は鋭い爪と牙を持ち、兎ほどでないにしろかなりの跳躍力と瞬発力の持ち主だ。そんな猫との鉤爪によって僕の腕は皮膚と肉を少し抉られてしまった。しかし僕はティスに散々痛めつけられていたため、傷を付けられたというのに怯まずにすんだ。

 僕は自分の膂力とナイフでは目の前の猫を倒すことが出来ないと分かっているため変態した。

 僕は兎の野生の力を使ったことで異常に発達した脚を使って猫との一気に距離を詰めようとした。しかし猫の瞬発力は僕の脚を上回っていた。

 僕が距離を詰めてから脚で上から踏みつけようとした攻撃を猫は軽く回避して、僕の脚に危険を感じたのか、森の奥へと消えて行った。

 周囲を確認して危険がないことが分かったら変態を解いた。初めて使った時とは違い筋肉痛に襲われることは無かったが、疲労感だけは相変わらず感じた。

 しかし森というのは優しくなかった。また草むらが揺れる音がしているのだ。しかもかなり揺れが大きい。その音から草むらを揺らしている犯人は人間と同じくらいの体躯の持ち主であることが分かる。

 今更逃げることなど無理なので僕は即座に変態が出来るように準備をした。そして草むらを掻き分けて出て来たのは、鎧を身に着けた女性だ。腰まである髪の毛は綺麗なブロンドヘアと呼ばれる色をしていた。


「君はあの村の生き残りかな?」


「――っ!は、はい」


 彼女が来た方向は村の跡地の方からだったので、きっと瓦礫とかしている村を見てからここまで来たのだろう。だけどあの村を見てから危険を犯してまで先に進んできた理由があまり分からない。

 彼女自身にこの先に用事があったのか、または生き残りがいることを確証していたかのどちらかだが、一応あの村に僕が過ごしていた証拠はあると思うけど、それはあの村で過ごしていたからであって、兎の襲撃以降は僕の痕跡は消していたはず……ならこの先に何かあるのが正解かな……。


「お姉さんはどうしてこんな所に?」


「私はこの先にある街から君の村の調査のために派遣された騎士だよ」


 噂には聞いていたけどやっぱりいくつかの村を征服して街の規模まで巨大化した村があるのか……僕はあの小さな村で生きてきたからあまり村ごとの抗争については分からないけど……あの村が今も健在していたとしてもこの騎士が所属する街に征服されていたかもしれないか……。


「まあ私が着く前に兎に住民が殺されていたから無駄足になっちゃったけど……君を連れて帰れば何も収穫がなかったことだけは回避出来るから……着いて来てくれるよね」


 彼女の自信と僕の兎の力を考えるに……戦ったとしても僕の敗北は必然的か。そもそもここで勝ったところで、街からの後詰にやられることは確実……着いて行くしかないか。


「はい……貴女の野生の力どんな力なんですか?」


「乙女の力を聞きたいなんて君は変態なのかな?君は小さい村で過ごしていたから知らないかもしれないけどヒトの野生の力って言うのは言いふらしていいものじゃないの。それに君が何処かの村や街から派遣されたスパイの可能性も捨てきれない。そんな相手に手の内を晒してあげるほど私は優しくないわよ」


 そうだったのか。彼女の言う通り僕が過ごしてきた村はみんな野生の力を他人の前で普通に使ってたし、ティスに至ってはわざわざ見せびらかすかのように使っていたから、他人に野生の力を見せるのが普通だと思っていたけど……確かに自分の切り札とも言える野生の力を敵に知らせるのは悪手か。

 僕は彼女に着いて行ったのだが、僕の予想通り彼女は強かった。今の僕では対抗出来るはずのない古代種ではない熊を【変態】を使うことなく腰に差した剣を使って切り裂いていたのだ。


「ここが私が所属する街【ビギン】よ」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

女性……所属【ビギンの騎士】

    変態【?】

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