第26話 解放の日



 動けるようになってからは、体力作りの運動や魔法を含めた戦闘訓練をしていた。


 岩沼さんの現代知識の勉強会、学校の教科書での自習、診察や検査。


 1日があっと言う間に終わる日々だ。


 優遇された生活に不満は少なかったが、やはり退院できると聞くと、早く出たいと気がはやる。



 ようやく退院できる日が来た。


 岩沼さんが差し出す書類にサインをする。


 何十枚もあったが、治療やさまざまなケアのことを考えれば安いものだろう。


「こちらが身分証になります」


 日本の国民カードで、これを携帯していないと厄介なことになる。


 続いてシーカーライセンスカードも渡された。


 これで、探索者養成学校を卒業した、シーカーランク1のライセンス持ちの身分も与えられたことになる。


 ライセンスカードは、銀行口座と紐付けがされていてクレジット機能もあるそうだ。


 異世界関連の物品売買は、ライセンスカードで決済することが法律で決められている。


 不正な取り引きなどの防止が目的で、取り引きの記録はずっと残るらしい。


 他に、銀行関連や情報端末関連の書類などを受け取り、


「これで最後になります」


 と言って取り出した書類は、の借用書だった。


 当面の生活費として、50万円を貸してくれるらしい。


 治療費などは請求されないが、このお金は貸すだけだから返済義務があるとのこと。


 もっともなことだと思う。


 返済の期限は10年。


 国連に就職したら全額免除されると書かれていて、作為的なものを感じる。


 今後の就職先は、年内に決めればいいと言われているから、落ち着いてからゆっくり考えよう。


 年末まで、まだ四ヶ月もある。


 そんなこんなで、3時間ほどかけてようやく退院の手続きが終わった。


 その後は、病院内をウロウロして、お世話になった先生たちへのお礼を言った。




     ◆




 国連日本支部を岩沼さんが運転する車に乗って出発し、妹の暮らしている埼玉へ向かっている。


 外の景色を眺めている限り、昔の記憶とそんなに変わっていない気がするけど、明らかに違うものがあった。


 道路を走っている車が、とても少ない。


 気になって聞いてみたら、


「今の時代は個人で車を所持できません」


 と教えてくれた。


 全世界で車の生産が追いつかないのと、電気自動車だから電力節約のためという理由から、自家用車の所有は禁止になったそうだ。


 だから、公用車や会社組織が所有する車しか走っておらず、昔のような交通渋滞はないらしい。


 そもそもが、政府機関や大会社は東京集中を止めているんだっった……。



 運転免許証はいつでも取れるようだけど、就職で必要になる場合以外では、取る必要はない気がする。


 車は高速道路を走って、東京を出て埼玉に入った。


 緊張してきた。


 死んだと思っていた兄がひょっこり出てきて、妹からすれば26年ぶりの再会になる。


 俺からすれば3年ぶりだけど、妹はずっと年上で二児の母になっているわけで、いろいろと複雑だ。


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