第38話 斬蔵は町の人気者?
町に出た斬蔵とセレス、そしてエレナがまず向かったのは服屋だった。
「あらザンゾーさん。女の子なんか連れちゃって……って、セレスちゃんにエレナちゃんじゃないか」
声をかけてきた服屋の女将さんにセレスが斬蔵の服を買いに来た事を話すと服屋の女将さんは笑顔で言った。
「そうなの。ザンゾーさんからお金なんか取れないよ。好きなの持って行っておくれ」
「いや、そーゆーわけには行かないぜ。こないだメシ食わせてもらったしな」
どうやら斬蔵はこの店の片付けを手伝ってご飯を食べさせてもらった事があるらしい。困った顔の斬蔵に服屋の女将さんはケタケタと笑いながら言った。
「あん時はウチのバカ亭主の酒につきあってもらってすまなかったねぇ。遠慮なんかしないで持ってきなよ」
「そっすか。じゃあ、ありがたく」
斬蔵は動きやすそうな服を一着手に取ると、服屋の女将さんは呆れた顔をした。
「ちょっとザンゾーさん、それ一枚でどーするんだい、アンタ、その妙な服しか持ってないんだろ? もう、私が見繕ってあげるよ」
服屋の女将さんが言う『妙な服』とはもちろん忍者装束の事だ。結局斬蔵は着衣一式、それこそ上衣から下着まで三セット持たせてもらい、服屋の女将さんに礼を言って店を出た。
次に日用品見に雑貨屋に入ったが、そこでも斬蔵は同様の歓迎を受けた。
「おや、ザンゾーさんじゃないか、この間はありがとうな。えっ、この町に住む事にした? そうか、そりゃ楽しくなるな」
雑貨屋の主人は適当に店の品を見繕うと斬蔵に持たせた。
「今日は金なんか要らないよ。また一緒に飲もうや」
万事この調子で一切お金を使うこと無く日常生活に必要であろう品々を手に入れる事が出来た斬蔵にエレナが感心した様に言った。
「いやー、人気者って言うか……ザンゾーさん凄いですねー」
「これって、ザンゾーさんが頑張った結果なんですよね」
セレスも目を細めて言うが、斬蔵に頑張ったつもりは無い。ただ、気が付けばレイクフォレスト(の聖マリウス学園の風呂)に居て、危ういところを助けられたと思ってセレスの為に戦い、戦争が終わって暇になったので町の再建を手伝っただけだ。言ってみればレイクフォレストに来てからの斬蔵の行動は全て自分の思うがままにした事に過ぎないのだ。
「いや、頑張っただなんて、そんな大した事した覚えは無いんだけどな」
笑って言う斬蔵にセレスは首を横に振った。
「いいえ、ザンゾーさんは会ったばかりの私のお願いを聞いて戦ってくれて、それだけで無く町の再建のお手伝まで……私は神様が遣わしてくれたのがザンゾーさんで本当に良かったと思ってます」
「よしてくれよ、背中がこそばゆくなっちまうぜ」
セレスの絶賛に斬蔵が照れた様に言ったのは、ちょうどカフェの前だった。
「嬢ちゃん達、疲れただろ、酒……じゃ無ぇ、茶でも飲んでくか?」
斬蔵の言葉にエレナは喜んだ。
「やったー! もちろんザンゾーさんの奢りですよねー?」
だが、セレスは難色を示した。救世主である斬蔵に奢ってもらうなんてとんでもないと言うのだ。しかし斬蔵は涼しい顔で言った。
「嬢ちゃん、遠慮する事ぁ無いぜ。町の皆のおかげでコレ使わなくて済んだからな。モーリス大先生も大目に見てくれるって」
言うと一枚の木片を懐から取り出した。以前モーリスから「小遣いとでも思ってくれ」と渡された木片だ。斬蔵は今日の支払いをコレで済まそうと思っていたのだが、結局使う事は無かったのでこれぐらいは良いかと思ったのだ。
「ねえ、モーリス大先生」
斬蔵が木片に笑いかけると、木片の中のモーリスも笑って頷いた。
「ザンゾーさん、ちょっと良いですか?」
斬蔵の奢り(と言うよりモーリスの奢り)のジュースを啜りながらエレナが言った。
「ん? どうした嬢ちゃん」
斬蔵が軽く答えるとエレナは猛烈な勢いで抗議を始めた。
「ソレですよ、ソレ! その『嬢ちゃん』っての!」
ソレって何だ? キョトンとする斬蔵にエレナは具体的に思いの丈をぶつけた。
「ザンゾーさんったら私達の事、いつもいつも『嬢ちゃん』って。私達にだってちゃんと名前があるんですからね! ねえ、セレス!」
斬蔵がエレナから話を振られたセレスを見ると、セレスはモジモジしながら口を開いた。
「……そうですね……私も……名前で……呼んで欲しいです……」
正直言って斬蔵は他人の呼び方に拘りなど無かった。そんなモンかねぇ……と思う斬蔵にセレスは更に言った。
「戦いの時にお城で一度だけ私の名前を呼んでくれましたよね。あの時、嬉しかったです」
言い終わるとセレスは顔を真っ赤にした。さすがにそこまでされては斬蔵も首を縦に降るしかない。
「わかったよ、セレス」
斬蔵がセレスの名を呼んだ。するとエレナが身を乗り出してアピールし出した。
「ザンゾーさん、セレスだけ? 私は? 私は?」
斬蔵は苦笑いして、エレナの頭にポンっと手を置いて言った。
「わかったからそんな顔すんじゃ無ぇよ……嬢ちゃん」
エレナは完全に意表を突かれた。頭に手が置かれた瞬間、絶対自分も名前を呼んでもらえると思ったのに……
「うわーん、何で私だけ『嬢ちゃん』のまま? わかったわよ。これから私だってザンゾーさんの事は『おっちゃん』って呼んでやるからー」
泣きながら怒って叫ぶエレナにセレナはおろおろし、斬蔵は大笑いした。
「悪い悪い。冗談だからそんなに怒んなよ、エレナ」
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