第39話 弟子入り志願?

 斬蔵がセレスとエレナを名前で呼ぶ様になり、何かといえば斬蔵に剣の稽古をしてもらおうとするエレナをセレスは冷静に「仕事の邪魔をしちゃダメよ」と咎め、他の学園生は興味深げに救世主斬蔵の様子を伺う日々が続いた。そんなある日のこと。


「あっ、ザンゾーさん!」


 町を歩く斬蔵の耳に聞き覚えのある声が届いた。声の主はやっぱりと言うか、当然と言うかセレスだ。横にはエレナと見覚えのある顔が二つ並んでいる。


「おう、セレスとエレナか。と、隣に居るのは確か……」


 もちろんあと二つの顔と言うのはジルとフローラなのだが、そう言えばこの二人、斬蔵との会話は殆ど無かった。斬蔵にしてみればジルは自分を変質者呼ばわりした忌まわしい思い出の相手というのが正直なところかもしれない。


「ジルと言います。あの時は失礼な事を口走ってしまって申し訳ありませんでした」


 ジルが名前を言うと共に詫びの言葉を述べ、深々と頭を下げた。やはりジルも斬蔵を変質者呼ばわりしたのを気にしていた様だ。もっともあの時の状況を考えれば当然の反応と言えば当然の反応なのだが今や斬蔵はレイクフォレストの救世主、しかも臨時とは言えモーリス学園長の折り紙付きの職員だ。斬蔵が女子寮の風呂場に現れたのは変態行為が目的では無く、不幸な事故だったのだと考える様にしての事だった。


「ああ、もう気にして無ぇよ。まあ、あの状況じゃそう思われてもしょうがねぇからな」


 斬蔵がにっこり笑うとジルの横で少し緊張していたフローラもほっとした様だ。


「私はフローラです。ザンゾーさん、レイクフォレストを守ってくださってありがとうございました」


 フローラが言うが、厳密にはイフリートを破り、レイクフォレストを守ったのはリヴァイアサンだ。あの時、魔剣ムラサメを飛ばされず、斬蔵が抜いていればリヴァイアサンの力を借りずしてイフリートを倒し、救世主となっていたかもしれない。だが、実際にムラサメを抜いてリヴァイアサンを味方に付けたのはエレナだ。となるとレイクフォレストの救世主はエレナという事になる。


「うーん、別に俺のおかげで勝ったって訳じゃ無いからな……」


 複雑な思いで斬蔵が答えると、セレスが笑顔で言った。


「でも、ザンゾーさんが持ってた剣にリヴァイアサンが宿ってたんですよ。言ってみればリヴァイアサンを連れて来てくれたんです。だからザンゾーさんは立派な救世主です」

 

――何て良い子なんだ! ――


 斬蔵は目頭が熱くなり、セレスを抱き締めたい衝動に駆られたが、そんな事をすればまた変質者扱いされてしまう。


「そっか。そう言ってくれるだけでも嬉しいぜ」


 平静を装って言う斬蔵の目尻には光るものが一筋流れていた。それに気付いたか気付かなかったかは定かでは無いが、エレナが唐突に尋ねた。


「ところでザンゾーさん、こんな所で何してるんですか? 学園の臨時職員の仕事に就いたんじゃなかったんですか?」


『仕事が無い時は町をブラブラしてて構わない』と言われ、本当にブラブラしていたのが少し恥ずかしい気がした斬蔵がエレナの質問に答えられず、もごもごと口の中で言葉を濁す斬蔵を庇う様にセレスが横から口を出した。


「エレナ、何を言ってるのよ。ちゃんと仕事に就いた人がこんな時間に町に居るのよ、お使いで来てるんですよね、ザンゾーさん」


 もちろんセレスに悪気は全く無い。むしろ100%優しさだ。しかし、その優しさが斬蔵には辛かった。


「お、おう。まあ、そんなところだ」


 斬蔵が乾いた笑いと共に吐いた言葉にエレナが反応した。


「お使いなんですか、大変ですねー。あっ、そうだ! ザンゾーさん、お使いが終わったら時間有りますか? 後でまた剣の稽古に付き合って下さいよ」


 エレナが言うとジルも斬蔵の剣に興味があるのだろう、ペコリと頭を下げた。


「私にも一手ご教授下さいます様、お願いします」


 正直なところ斬蔵は自分みたいな『任務の為に容赦無く相手を殺す忍者の剣』を教える事には抵抗が有ったが、『これも救世主の役目かもしれない』とも思い、「ああ、用事を済ませてからな」と約束し、セレス達と別れたが、実のところブラブラしていただけで用事など無い。適当にぶらぶらと町をうろつき、時間を潰して聖マリウス学園に戻ると待ちかねた顔のエレナとジルが斬蔵を出迎えた。


「ザンゾーさん、もうお仕事は終わったんですよね?」


 尋ねるエレナの手にはご丁寧にも木刀が二本持たれている。


「まあな。で、早速やるのか?」


「もちろんですとも!」


 斬蔵の言葉に間髪をいれず答えるエレナに「勉強もそれぐらい熱心にすれば良いのに」とジルが突っ込むと、「あんたも似た様なもんでしょうが」とエレナが返す。そんなやり取りに斬蔵は少し違和感を憶えた。


「ん? セレスはどうしたんだ?」


 斬蔵にとってセレスとエレナはいつも一緒に居て、言わば二人セットが当たり前だったのが、今はエレナの横にセレスが居ないのが妙な感じだったのだ。だが、エレナはそれを深読みと言うか、変な方向に考えた。


「あれっ、気になります? セレスの事」


 ニタニタ笑いながら言うエレナを嘲る様にジルが言った。


「何バカな事言ってるの、ザンゾーさんみたいな大人がセレスみたいな子供を気にする訳無いでしょ」


「何言ってるの、セレスだって立派なレディよ。だいたいアンタも同じ年齢でしょうが」


 セレスもエレナもジルもフローラも十六歳。ジルの言う通り斬蔵からすればまだまだ子供だろうが、エレナからすればセレスも十分恋愛対象となり得ると考えている。そして堅物のセレスは斬蔵の事を救世主として崇めていると言ってはいるが、実は恋心を抱いているに違い無いのだと。そこでエレナは斬蔵にセレスを女の子として意識させようと企んだのだ。


「そりゃあ気にもなるだろうよ」


 斬蔵の口から意外な答えが返ってきた。これは脈有りかと期待したエレナだったが、その期待は瞬時にして打ち砕かれた。


「お前等、いつも一緒に居るだろ? それが居ないんだからよ。具合でも悪いのか?」


 期待外れの斬蔵の言葉に溜息しか出無いエレナの代わりにジルがセレスは教会で神に祈りを捧げていると伝えると、斬蔵は「そうか、セレスは剣技に向いてなさそうだもんな」と含み笑いと共に言ってエレナから木刀を一本受け取った。すると斬蔵のあっさりした反応にエレナはここで退く訳にはいかないとばかりに猛烈なアピールを始めた。


「そーなんですよー。セレスったら争いに向いて無いくせにあの性格でしょー、すぐ揉め事に首突っ込んじゃうし。今は私が守ってあげてるんですけど、いつまでもそういう訳にもいきませんし……誰か私の代わりにセレスを守ってくれる人、居ないですかねー?」


『誰か居ないですかねー?』と言う言葉の裏には斬蔵にセレスを守ってあげて欲しいという意図が見え見えで、ジルは隣で聞いていて頭が痛くなりそうだったが、斬蔵は木刀をひと振りして威勢良く答えた。


「おう、俺で良かったら力になるぜ。いつでも言ってくれよな」


 訓練と任務、そして戦闘ばかりの人生を送ってきた忍者の斬蔵には遠まわしな言い方など通用する訳が無い。ボディーガードを務めるぐらいにしか考えていない斬蔵にエレナはがっくりと肩を落とし、ジルはクスクスと笑うばかりだった。


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