第37話 ザンゾーさん、汚い!!

 モーリスと別れ、教会の部屋へと戻った斬蔵が一人でぼーっとしていると、ドアをノックする音が聞こえた。この部屋を訪れる者などセレスとエレナかモーリスぐらいなものだ。そしてモーリスとはさっき会ったばかり。という事は、恐らくセレスとエレナだろう。


「おう、開いてるぜ」


 斬蔵がドアに向かって言うと、ドアが開き、予想通りセレスとエレナが顔を覗かせた。


「こんにちはー、ザンゾーさん。遊びに来ちゃいましたー」


「違うでしょ、エレナ。ザンゾーさん、お食事をお持ちしました」


 夕食をセレスが運んでくれたのだ。


「おおっ、ありがてぇ。今までは町の皆の世話になってたからな。これで食いっぱぐれが無くなるってモンだ」


 斬蔵が嬉しそうに言った。

 斬蔵は今まで町の再建を手伝ったお礼として町の人にご飯を食べさせてもらったり、酒を飲ませてもらっていた。だが、毎日となるとやはり気が引けていた様だ。まるで自分がメシを食わせてもらう為に町の再建を手伝っている様な気がしてきたのだろう。


「お邪魔しまーす」


 セレスに渡された食事を受け取ろうとした斬蔵の横をエレナが楽しそうな顔ですり抜けた。


「ちょっ……こら、エレナ!」


 セレスが止める間も無くエレナはずかずかと斬蔵の部屋に入り込み、辺りを見回した。


「それにしても見事に何も無い部屋ですねー」


 エレナの言葉通り、部屋には何も無く、有る物はと言えば部屋の隅っこに脱ぎ捨てられている忍者装束の上衣だけだ。


「ザンゾーさん、ドコで寝てるんですか?」


「ああ、その辺に寝っ転がって寝てるが、それがどうした?」


 不思議そうな顔で聞くエレナに斬蔵があっさり答えると、エレナは信じられないといった顔となった。


「ザンゾーさん、そんなんじゃ身体壊しちゃいますよ」


 セレスも心配そうに言うが、斬蔵は何でも無い事の様に答えた。


「いや、手足を伸ばして横になれるだけで十分だぜ」


 任務で忍び込んだ家の屋根裏や床下で寝るのに比べたら快適だと笑う斬蔵にセレスは言葉を失い、エレナは部屋の隅の上衣をつまみ上げて言った。


「それにザンゾーさん、服はコレしか無いんですか?」


「ああ。着替えなんか持ってる訳無ぇだろ。気がつきゃレイクフォレストに居たんだからな」


「うわっ、汚い!」


 それを聞いたエレナは手にしていた斬蔵の忍者装束を放り投げた。

「おいおい、『汚い』は無いだろ『汚い』は。これでもたまに洗ってるんだからよ」

 そもそも斬蔵には毎日着替えるなどという考えなど無い。ただ汚れが酷くなったり、臭くなってきた時に洗ってはいた様だ。もっとも臭くなってきた時に洗うというのは周囲に不快感を与える事を気にしてでは無く、臭いで敵に気付かれる事を避ける為でしか無いのだが。


「ザンゾーさん、明日、買い物に行きましょう!」


 セレスが声を上げた。斬蔵はそんな必要は無いと突っぱねたが、セレスは救世主にこんな暮らしをさせる訳にはいかないと言って聞かない。その上モーリスに頼んでベッドまで手配してもらうとまで言い出し、固辞していた斬蔵も結局は押し切られる形となった。


「じゃあ、明日授業が終わったらまた来ますね」


 斬蔵が食事を終え、寮に戻ろうと空になった食器を手にセレスが言った。


「いや、別に忙しかったら良いんだぜ」


 斬蔵が言うがセレスは大きく首を横に振った。


「必ず来ますから待ってて下さいね。それとベッドの方はもう少し我慢して下さいね。出来るだけ早くはしてもらいますけど」


 斬蔵としては床で寝る事など我慢でも何でも無いのだが……


「無理だったら良いんだぜ。俺は床でも全然平気なんだからよ」


 遠慮しながら言う斬蔵にセレスは微笑むと、エレナを連れて部屋を出て行った。


          *


  翌日、授業が終わったセレスとエレナは昨日の言葉通りに斬蔵の部屋を訪れた。


「ザンゾーさん、行きますよー」


 セレスがドアをノックし、エレナが能天気な誘いの声をかけると身支度を整えた(とは言ってもいつもの忍者装束を着込んだだけだが)斬蔵が顔を出した。


「良かった。ちゃんと待っててくれたんですね」


 斬蔵が買い物など必要無いと言っていたのを気にしていた事を気にしていたセレスがほっとした様に言うと、斬蔵はニッコリ笑った。


「おう、ちゃんと待ってたぜ。んじゃ行くか」


 実は「着替えなんて必要無いからやっぱりヤメとくか」なんて思ったりもしたのだが、セレスの顔を見るととてもそんな事は言い出せなかった斬蔵だった。


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