第36話 帰れない……?

 鍛え直してもらった闇牙には斬蔵の念願が叶って水の精霊ウンディーネが宿ってくれた。リヴァイアサンが宿る魔剣ムラサメ程の力では無いとは言え、火を使う男に対抗し得る武器を斬蔵は手に入れる事が出来たのだ。そうなると、早く再戦したいと思うのが男という生き物、斬蔵の心は逸り、大急ぎで聖マリウス学園に戻るとモーリスを訪ね、セレスを呼んでもらった。


「俺を国に帰してくんねぇかな」


 モーリスの呼び出しに応じて学園長室に出向いたセレスを見るなり斬蔵が言うと、セレスの表情が陰った。これはもしかしたら「色恋沙汰などまだ早い」と言っていたセレスに心境の変化、つまりセレスが斬蔵に恋をした……訳では無かった。セレスは困った顔で呟く様に言った。


「どうしたらザンゾーさんを日ノ本に帰してあげる事が出来るのでしょうか……」


「はあっ!?」


 つまり要するにこういう事だ。セレスは魔法を使って斬蔵を召喚した訳では無い。単に「救世主が現れます様に」と神に祈りを捧げた結果、どういう訳か斬蔵が現れただけの話で、セレスには斬蔵を元居た世界に返す方法が解らないのだと。


 斬蔵は頭を抱えた。


「そうか……セレスが俺を呼び出した訳じゃ無く、神様の気紛れで俺はココに来ちまったって訳か」


 それならまた神様に祈るしか無いという結論に至り、セレスは教会で斬蔵と共に神に祈りを捧げる事にした。


「神よ、彼の者は救世主として見事にレイクフォレストを救ってくださいました。彼を元居た世界に帰してあげてください」


「神様、俺を国に帰してくれ。俺はアイツと決着を付けたいんだ」


 だが、いくら祈っても斬蔵が元居た世界に帰る様な兆候は無い。


「そういえば何日か祈り続けた」とセレスが言うと、斬蔵はモーリスに頼み込んで教会の空いた部屋に泊まらせてもらい、セレスが授業を受けている間は一人で鍛錬を行ったり町の再建の手伝いを自ら買って出たりして時間を過ごし、セレスの授業が終わると二人で神に祈る。そんな生活を送っていたが、神に祈る日々が数日続いても斬蔵が元居た世界に帰れる気配は全く感じられ無い。


 そしてある日、遂に斬蔵がセレスに言った。


「どうやら神様は俺を日ノ本に帰す気は無いみてぇだな。って事は、もしかしたら俺の救世主としての役目はまだ終わっちゃいないのかもしれねぇ。となりゃぁ俺も腰を据える必要が有りそうだな」


 諦めたのか、自棄になったのか、斬蔵は遂にレイクフォレストに住むと言い出した。


「となるとまずは職探しだな。どこかで俺を雇ってくれねぇかなぁ? モーリス大先生に頼んでみるか」


 腹を決めてからの斬蔵の行動は早かった。これも様々な状況で的確な判断を素早く行わなければならないという忍者の習性なのだろうか? いや、別にそういう訳では無く、単に元々斬蔵がそういう人間なのだろう。

 早速斬蔵が相談したところ、モーリスは難しい顔をした。無理も無い、まだ斬蔵の救世主としての役目が終わっていないという事はレイクフォレストに未曾有の危機が迫っているという事なのだから。


「まだ終わりでは無いと言うのか……」


「ああ。俺の考え過ぎだったら良いんだけどな」


 落胆の声を上げるモーリスに斬蔵は真剣な目で答えた。もちろん斬蔵としても本当のところは解らない。だが、自分が元居た世界に帰れない理由が他に見つからないのだ。


「わかった。だが斬蔵殿、救世主としてレイクフォレストに居ると言うのであれば、貴殿の生活は我々で面倒を見るのが筋ではあるまいか?」


 思ってもみないモーリスの言葉だったが、斬蔵はそれを一蹴した。


「いや、それには及ばねぇ。クリムゾンフレイムの時は大して役に立って無ぇからな」


 自分を卑下するかの様に言う斬蔵にモーリスは自分の権限で斬蔵に与えられる仕事を考えた。


「ならば斬蔵殿には聖マリウス学園の臨時職員として居てもらおうとするかの。なに、職員と言っても難しく考えなくとも良い。適当にそこら辺の掃除や補修なんかをしてもらって、暇な時は自由にブラブラしていてくれて結構だ」


「でも、それじゃ生活するだけの金を受け取れ無ぇよ。住む所だって借りなきゃなんねぇしな」


 それでは男として面子が立たないとばかりに斬蔵が言うが、モーリスは涼しい顔で聞き流す様に言った。


「今寝泊りしている教会の空き部屋に住んでもらって構わんよ。それなら部屋代は心配しなくて良かろう。それに食べる物も寮生、セレスにでも運ばせよう」


 モーリスは頑として斬蔵を救世主として客人扱いする姿勢を崩さず、あまつさえこんな事まで言い出した。


「あと、生活に必要な買い物とか……お前さんの事だ、酒も飲みに行きたいだろう、その時はコレを使うと良い」


 言うとモーリスは一枚の木片を斬蔵に渡し、ニコリと笑った。


「コレを見せれば請求は儂のトコに来るから支払いは心配しなくて良い。まあ、小遣いだとでも思ってくれ」


 そこまで言われれば斬蔵も有り難くその好意を受けるしか無い。素直に木片を受け取って、見てみると、その木片にモーリスの姿が映し出された。驚いた斬蔵に、木片の中のモーリスは意味深な笑いを浮かべながら口を開いた。


「調子に乗って使い過ぎればお仕置きをさせてもらうがの」


『お仕置き』と聞いて斬蔵はガンズが閉じ込められた巨大な蕾を思い出してブルっと震えた。


「ああ、無駄遣いしない様に気を付けるよ」


 斬蔵は素直に感謝の念を込め、改めて頭を下げた。これでレイクフォレストでの斬蔵の生活は安泰だ。だが、まだ救世主としての役目が終わってない事を思うと複雑な心境だった。


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