第35話 ウンディーネ
リヴァイアサンと共に湖を訪れた斬蔵は早速水辺に砥石を置き、両手で水を掬った。
「ウンディーネ、居たらこの男に力を貸してあげて」
リヴァイアサンが呟くと、空気がピンと張り詰めた様な気がした。斬蔵は黙って掬った水を砥石にかけると一心に闇牙を砥ぎ始めた。砥いでいるうちに砥石が乾き、両手で湖の水を掬ってはまた一心に砥ぐ。それを繰り返すうちに闇牙は光を反射して輝きを持ち、刃は鋭さを増していった。それと共に斬蔵の感覚は冴え、闇牙を研ぐ手に砥石と刀身が擦れ合い、磨り減っていく感覚さえも感じられる様な気がしていた。
「あれっ?」
そんな感覚が続いていた斬蔵の手を妙な感触が走った。
「気のせいか……」
思い直した斬蔵が砥ぎを再開し、暫くするとリヴァイアサンから声がかかった。
「何か変わった事に気付かないの?」
リヴァイアサンの声に斬蔵は手を止めた。斬蔵が気付いていない『何か』とは? 考えた斬蔵の顔色が変わった。
「水が……減っていない!」
そう、闇牙を砥いでいるうちに砥石は乾いてくる。すると両手で湖の水を掬って砥石を濡らしていたのだが、もう随分と水を掬っていない事に斬蔵は気付いたのだ。
「良かったわね。ウンディーネが応えてくれたみたいよ」
研ぎながら手元を目を凝らして見てみると、砥石が乾きかける度に闇牙の刀身から水が滲み出て、砥石を濡らしていたのだ。
「そうか、俺の心が届いたんだな」
斬蔵は嬉しそうに呟くと、砥ぎ上がった闇牙を湖面に浸して綺麗に洗うとひと振りした。すると切っ先から水が迸った。そう、リヴァイアサンが宿る魔剣ムラサメと同じ様に。
「俺に力を貸してくれようって気になったんだな。ありがとうよ、ウン……ディーネだっけ?」
斬蔵の『神社で火を使う男に対抗する為に水の力が欲しい』という願いが叶い、水の精霊ウンディーネが闇牙に宿ったのだ。
「妖刀なんて言われない様に気をつけてあげてね」
リヴァイアサンが目を細めて言うと斬蔵は満面の笑みを浮かべて答えた。
「もちろんだ。妖刀でも魔剣でも無ぇ。コイツは闇牙なんだからな。よし、すぐに別嬪さんにしてやるからな」
斬蔵は鍛え直す時に外しておいた鍔や柄、切羽に巾木と言った部品一式を取り出し、丁寧に拵えを整えた。
「慣れたものね」
その手際良さにリヴァイアサンが舌を巻くと、斬蔵は昔を思い出すかの様な遠い目をして言った。
「ああ。コイツは何度も鍛え直してもらって、その度に俺が自分で拵えてたからな。最初は酷いモンだったがな」
それだけの思い入れがこの剣にはあるのだろう、リヴァイアサンは闇牙が羨ましく思えたが、すぐにエレナもそれぐらい、いや、斬蔵に負けないぐらいの思い入れを自分が宿る剣に持ってくれるに違い無いと思い直し、エレナの顔が見たくなった。
「斬蔵、そろそろ戻りましょうよ。ウンディーネ、しばらく彼をよろしくね」
リヴァイアサンの声に答える様に湖面の漣が大きくなり、そして静まった。
「なんだ、ウンディーネは姿を見せてくれないのかよ」
残念そうに言う斬蔵にリヴァイアサンは「彼女は恥ずかしがり屋さんだから」と笑った。
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