第34話 鍛冶屋にて

「これ程曲がっても折れないとは……この剣はよほど良い鉄を使ってるのでしょうな」


 鍛冶屋の主人は斬蔵から渡された闇牙を見るなり感嘆の声を上げた。彼は日本刀を見るのは初めてだったのだろう、しげしげと柄の作りや刀身を眺め、何やらブツブツ言っている。


「で、ちゃんと直してくれるんだよな?」


 斬蔵が急く様に尋ねると、鍛冶屋の主人は胸を張って答えた。


「これ程の見事な剣だ。儂自らが精魂込めて打ち直させてもらうよ」


「そうか。じゃあ、助手を二人程付けるんで紹介するぜ」


 斬蔵はニヤリと笑うと少女と大男を鍛冶屋の主人の前に引っ張り出した。


「おや、これはまた立派な身体の兄さんだな。でも、こっちのお嬢ちゃんは……」


 少女の正体がリヴァイアサンだと知らない鍛冶屋の主人は少女の細い身体を見て

「この娘が何の役に立つのだ?」と困惑したので斬蔵は二人についての説明を始めた。


「実はこの二人、人間じゃ無ぇんだ。こっちの嬢ちゃんが水の竜、で、こっちのデカイのが炎の魔人だったりするんだな、これが」


「はあっ?」


 斬蔵の説明を聞いて鍛冶屋の主人はより一層困惑した。モーリスの紹介する人間がこんなくだらない冗談を言うものだろうか? それにしても話が突飛過ぎる。するとリヴァイアサンはにっこり微笑み、空だった熱い鉄を冷やす為の石で作られた水槽を一瞬にして水で満たして見せた。


「リヴァイアサンです。よろしく」


 続いて大男は口から火を噴き出し、消えていた炉をこれまた一瞬にして真っ赤に燃え上がらせた。


「イフリートと言います。よろしくお願いします」


 リヴァイアサンの前だからか、低い物腰で名乗るイフリートの姿に斬蔵は笑いを堪えきれず吹き出してしまった。


「まあ、そんな訳だ。俺も手伝うから、よろしく頼むぜ」


 斬蔵は驚きのあまり腰を抜かしてしまった鍛冶屋の主人を抱き起こした。

 

          *


 しばらくして鍛冶屋の主人が落ち着いたところで『打ち直し』の作業が始まった。初めのうちは炉で刀身を真っ赤になるまで焼いて槌で打ち、水槽の水で冷やしてまた炉に入れて刀身を真っ赤になるまで焼いて槌で打ち、また水槽の水で冷やす……という順当な手法を取っていたのだが、いちいち炉に入れたり水槽に入れたりするのは効率が悪いと斬蔵が一つ提案した。刀身を炉や水槽に入れるのでは無く、作業台の金床の上に載せたままの刀身にイフリートが炎を直接吹きかけ、冷やすのもリヴァイアサンが直接水をぶっかけたらどうだ? と。


「それは面白いな」


「確かに、その方が手っ取り早いわね」


 イフリートとリヴァイアサンは即座に賛同した。他人様の工房で何て事を! しかし火と水を使う鍛冶屋だけあって床は石造りだし、作業台の近くにも燃える物や濡れては困る物など無い。万一火事になってしまったところでリヴァイアサンが即座に鎮火してくれるだろう。


「うむ、解った。やってみよう」


 鍛冶屋の主人の許可が出たところでイフリートは勢い良く金床の上の闇牙目掛けて炎を噴き出した。さすがは炎の魔人だけあって、その炎は見事にピンポイントで闇牙の刀身のみを真っ赤に焼いた。


「こんなものか」


 イフリートが刀身の表面だけでなく、中まで赤く灼けた頃合を見計らって炎を止めると鍛冶屋の主人が槌で叩き、リヴァイアサンはその手元を見て頃合を計り絶妙なタイミングで水を噴出させて刀身を冷やして焼きを入れる。正に阿吽の呼吸で作業は進み、闇牙は見事に打ち上がったが、鍛冶屋の主人が申し訳無さそうに言った。


「精一杯打たせてもらったんだが、この剣はどうしても反ってしまう。すまない、真っ直ぐに直せ無いのは儂の技量不足だ」


 鍛冶屋の主人は日本刀の命とも言える『反り』を知らない様だ。日本刀の刀身は焼き入れを行う際に反りが生じる様に作られていて、この反りは下手な焼きの入れ方だと大きくなり過ぎたり小さくなり過ぎたりし、最悪の場合折れてしまったりするのだが、リヴァイアサンは日本刀の形状を覚えていたのだろう、打ち上がった闇牙は絶妙な反りを描いていた。ちなみにレイクフォレストの騎士団の剣もクリムゾンフレイム兵の剣も皆、両刃の直刀を使っている。


「はっはっはっ、コイツはコレで良いんだよ。この『反り』が抜群の切れ味を生み出すんだ」


 闇牙を振ってみると、見事に鍛え直され、蘇った闇牙は思い通りの太刀筋を描き、斬蔵は満足そうに笑った。


「ありがとよ。で、リヴァイアサン、例の件はどうだった?」


 鍛冶屋の主人に礼を言った後、斬蔵はリヴァイアサンに尋ねた。『例の件』とは斬蔵がリヴァイアサンに頼んだ話だろう。


「それはこれからよ。今から『砥ぎ』に入るんでしょ? その時にね」


 リヴァイアサンは妙に日本刀の製造工程に詳しかった。何百年も生きているのは伊達では無いといったところだ。


「良く知ってんな。で、『これから』ってのは?」


 斬蔵が驚きながら質問すると、リヴァイアサンは質問を質問で返した。


「『砥ぐ』時は何を使うのかしらね?」


「またまた……どうせ実は知ってんだろ? 砥石と水に決まってんじゃねぇか……って、そうか。そういう事か」


 リヴァイアサンの質問に答えた斬蔵は何かに気付いた様だ。それを見たリヴァイアサンは満足そうな顔で言った。


「解ったみたいね。私がそばに居てあげるから、心を込めて向き合うのよ。そうすればきっと応えてくれると思うから」


「よし解った。じゃあすぐ湖にでも行っておっ始めるか」


 斬蔵は砥石を拝借し、リヴァイアサンと共に鍛冶屋を出ようとしてモーリスの前で足を止めた。


「あの……支払いは……俺、金持って無ぇんですけど」


 律儀にも打ち直しの代金の心配をする斬蔵をモーリスは「そんなモノは儂が持つから救世主がそんな事を心配するものじゃ無い」と笑い飛ばした。


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